「第五十六回子どもの心の病検討会」
 心の病の症状を出す子どもの心を、心理学や精神医学からの大人の立場からで無く、心の病の症状を出している子どもの立場から理解をしてみませんか?心療内科医師で子どもの心の分析を得意(子どもの心分析師)とする主催者や同席するカウンセラーが、子どもの心の説明と皆様の悩みを子どもの立場に立って解析します。

 不登校、引きこもりの相談に乗っていらっしゃる人の参加も募集しています。主催者と一緒に不登校引きこもりで悩んでいる親への対応の仕方を、同時に話し合ってみませんか?

日時 2017年9月17日(第三日曜日)
   14時〜17時まで
会場 赤沼外科内科医院
   千葉県流山市野々下5−972−2
   東武野田線豊四季駅(柏駅の次の駅)より徒歩8分
参加費 無料
相談を希望する人の人数 2名まで(予め申し込みが必要です)
主催者と一緒に相談に乗って下さる人の人数 5名(予め申し込みが必要です)
主催者 子どもの心研究所 赤沼侃史

お問い合わせ、申し込みは
電話 04−7143−0127
mail  office@toukoukyohi.com
でお願いします。

当院での個別相談にも応じています。平日の午後1時から午後2時までです。相談料は無料ですが、あらかじめ電話やメールによる予約が必要です。

コラム アーカイブ> 

<Information>
Homepage in USA is now undercondtruction. Please visit it if possible.
http://www.heartofchild.webs.com

<お知らせ 新しいコラム”何故登校刺激が悪いのか”が追加されました。>
コラムを別ページで紹介します。是非、ご覧になってください。
http://www.toukoukyohi.com/column/

子どもの心は大人の心と異なる

心の問題を扱うとき、多くの場合経験的な事実から答えを出してきます。心の問題を科学的に扱おうとするとき、今は主として統計的な処理から答えを求めています。

心は脳の機能ですから、脳を科学的に考えることで、今まで以上に心を科学的に扱うことができるようになります。心という意味で脳の機能を考えると、大きく分けて言語で表現される心の機能、習慣からの心の機能、情動の機能の3つに分けることができます。

言語で表現される心の機能とは、大人が意識的に行っている機能(頭頂葉から側頭葉にかけてと、前頭前野の機能)です。言葉で考え、判断し、行動をする機能です。言語で表現される心の機能は、どの年齢でも言葉で表現することができますが、行動に表現するには思春期を超えなければなりません。思春期を超えて意識的な行動の練習を重ねることで、可能になります(先頭前夜の機能)。

習慣からの心の機能は、それまで情動行動を繰り返した結果、又は意識行動を行った結果、全く同じ行動が意識に上らない判断で実行されてしまう場合(前頭葉の機能)です。

情動からの心の機能とは、生じた情動で行動をしてしまう場合(大脳辺縁系の機能)です。この行動は具体的にはいろいろありますが、その根底にあるのは接近系の行動と回避系の行動に分けられます。情動(本能も情動に入ります)の特徴として、情動は2,3歳頃までに完成し、それ以後基本的に変化をしません。一生を通して同じように情動反応を生じます。

子どもは生まれると、まず情動からの行動をはじめて、その行動を繰り返すことで習慣の心からの機能から、情動を生じなくても習慣的な行動が可能になります。しかし今までの習慣にない行動をするときには、報償か罰を与えることで、情動行動という形で新しい行動をすることが可能になります。その報償か罰を与えてそのたっらしいこうどうを繰り返すことで、少々や罰がなくても、習慣からの心の機能でその新しい行動を続けることが可能になります(躾け)。

その間、子どもは知識を増やしていきます。その知識に基づいて大人顔負けの言葉を発します。しかしその知識からの行動は不可能に近いですから、大人から報償か罰を与えないと、その行動はできません。報償か罰があるときにはその行動をしますが、報償や罰がないところではいくら知識があったとしてもその行動をしません。

ところが思春期を超えてある時間経つと、子どもはその知識からだけで行動が可能になります。大人の行動になります。大人の行動になるばかりでなく、同時の生じた情動を無意識に調節してしまい、あたかも情動が働かないように見えるようになります。

それをまとめますと

子どもは知識から言葉を発しますが、言葉通りに行動はできません。言葉通りに行動をさせるには、報償か罰が必要です。子どもの行動の主たる部分は情動からの行動です。この情動行動を繰り返すことで、情動を生じなくても、習慣から行動が可能になります。子どもは幼ければ幼いほど情動行動が中心になり、年齢が進むと習慣からの行動が多くなっていきます。

大人は知識から行動をします。理性的な行動です。それと習慣からの行動とで社会生活をします。情動は意識から調節されていて、あたかも働いていないように見えます。この情動が調節できないほど強くなったときに、激情、パニックという状態になります。

思春期からの数年間(心が元気な子どもでは2,3年ですが、心が辛い子どもでは大人年齢までになる)は知識からの行動と情動行動との混在期間になります。今まで知的でおとなしかった子どもが突然荒れ出すのはこの時期になってからです。


このように大人の知識からの反応の仕方を子どもに当てはめても、それだけで間違いです。ですから大人の間で成立する心の反応の仕方は、多くの場合子どもには当てはまりません。しかし子どもの心の反応の仕方は大人にも良く当てはまります。大人の心を研究する場合でも(心理学)子どもの心を研究する場合でも(小児心理学)、子どもの心を知らないと、科学的な、実効性のある心理学はできあがりません。

毒消し

>不登校引きこもりの10歳の娘です。起きているときはいつも辛そうですが、テレビを観て笑っている日もあります。親の私から見たら、どうしても娘の心が理解できません。

不登校、引き籠もりの子どもは、登校刺激を感じてとても辛くなっています。子どもの周囲に子どもに登校刺激を与える物があるからです。御母様自身もお嬢さんが学校に行って欲しいと思っていらっしゃいますから、それがお嬢さんに伝わってお嬢さんは辛くなっています。このようにお嬢さんはいつも辛いと言うのがお嬢さんの心です。

このお嬢さんの心は、御母様から見たら理由もなくただ辛そうだ、お嬢さんはおかしい、ひょっとしたら病気かも知れない、と思われるかも知れませんが、お嬢さんはその見かけと異なって、体の奥底から湧いてくる、表現ができない、とても辛い辛さがわき上がってきて、死ぬ思いをしています。この辛さだけで自殺をしてしまう子どもも居ます。

子どもはその本能から生きようとします。しかし辛さから生きていけなくなっています。そこでこの辛さを消すために刹那的な世転びを求めようとします。それがテレビであったり、ゲームであったり、漫画などです。

多くの大人は子どもがこのような刹那的な喜びにふけっていると子どもの心をだめにしてしまうと考えますが、当人はだめになりそうな心を守るためにこれらの刹那的な喜びにふけっています。

御母様はお嬢さんがこの刹那的な喜びに耽っていることの理由がおわかりでないようですが、今のお嬢さんには命を維持するために必要なのです。
 
お嬢さんは刹那的な喜びを得られても、お嬢さんは辛いと言う思いが消えただけであり、それほど楽しくもないのです。一種の毒消しを利用しているだけです。不登校引きこもりで辛い思いをしている子どもには、この毒消しが必要なのです。この毒消しがないと子どもは死んでしまうのです。

当然子どもの心が元気になると、この毒消しは必要なくなります。心が元気になった子どもはこの毒消しを使わなくなります。

すると不登校引きこもりでない子どもがゲームに耽る姿を知っている人は、そのような子どもにはゲームなどの子どもの刹那的な喜びは必要ないのでは無いかというと思います。それは次回、毒消しでない毒消しとしてアップロードします。

逃がしてあげる(ある母親から)

親の役割は子どもが苦しんでいたら、その子どもを助けようとしないで、子どもを苦しまない場所に逃がしてあげれば良い、子どもが苦しまない生き方をさせれば良いという意味になのですね。

子供が自分で辛さを回避できているうちはよいのでしょうが、辛いと訴えてきたときは、その状況から親がのがれさせてあげるだけでいいと言うことですね。

昨日、わたしの妹の家に行ったとき、ちょうど一年生の姪が帰宅していて、父親に下校途中の様子を詳しく話すように言われていました。
どうも、泣きながら自宅に帰ってきたようで、友達となにかあったみたいでした。
父親は下校の様子から特にトラブルになる出来事はなかったと感じていたようですが、友達を追い越して追い越されて、、を繰り返す我が子の行動が相手をイライラさせてしまったと思ったようで、
そんなことをするから友達が嫌な思いをしたのだよ、、と父親は言っていました。
その後も父親はしつこく娘に話を聞いていましたが、かわいそうで私は帰りました。

やはり親は解決策を教えて、今後同じようなことが起きたら対処できるようにするのでしょう。
子供のためになる方法は、解決策よりもその辛いことから離してあげるなんて考えもしないと思います。
もちろん子供がどうしたらいいかと聞けば提案はできますが、大人の押し付けの対処法は子供を苦しめることになりかねないですね。

子供が自殺したニュースを聞くと、死にたいくらい学校が嫌なら我が子なら行かせない、、という親が多いですが、実際子供間のトラブルで嫌な思いをしているわが子を見ても行かさない対応をする親はほとんどいませんよね。
解決策を考えて行かせますよね。
そうやって子供を助けた気になっているだけで、子供の立場からしたら解決していないのですよね。

子供は接近系を求めて遊んでばかりいるように見えますが、楽しい遊びを満喫したらさらに楽しいことを求めて進んでいき、興味のあることが社会に出ていくきっかけになるのだろうと思います。
生き生きとした大人になるには子供時代の成長の仕方が大きな影響を与えますね。
親の押しつけではなくて、子供の成長しようとする自然な動きにあわせる育児と言いますか、、幼くても一人の人間としての意志を認めて成長を邪魔しないというか、、
うまく言えませんが、助けが必要な時は子供から求めてくれば教えてあげることができますので、親子関係をようくして信頼関係を築いていれば、親は心配せずに子供を見守ることができると思いました。

私も息子はとても信頼できる子供だと思いますので、黙って見守りたいと思います。

心の辛さの解消法

熊本地震について、心の傷の使い方を見てみます。

大人の場合「思い出すと辛くなる記憶」として使われているようです。その人として辛い経験をした記憶が辛い情動を引き起こしているという意味で、その人の辛い形記憶を他の人も理解可能な記憶を指しています。つまり嫌悪刺激なのですが、その人にとって思い出す頻度が大きいという意味を指しているようです。

子どもの場合
>怖い目にあった体験を言葉で周囲にうまく伝えることができません
とあるように、大人と同じように思い出すと辛くなる記憶と考えられています。つまり陳述記憶、意識に上る記憶です。元来子どもは経験を言葉にすることは大人のようにできません。また、辛かった経験を言葉で聞いても、必ずしも辛くなりません。子どもの辛さは情動から生じます。情動記憶から子どもは辛くなります。

大人では陳述記憶と情動記憶とはほぼ一致していますが、子どもでは別物と考えた方が間違いがないです。情動記憶は言葉になりません。子どもが言葉で辛さを訴えることが必ずしも子どもをとても辛くしている物とは限りません。もちろん言葉で訴える辛さを信じてあげる必要がありますが、言葉にならない部分にもっと大きな辛さの原因があるという意味です。

重要なことは子どもでは自分の辛さを言葉で表現できないと言って良いと思います。表現できないから大人からの言葉を利用して表現します。辛くて苦しんでいる子どもがそのときまでに投げかけられてきた言葉、そのとき投げかけられた言葉をそのまま利用して表現します。ですから、大人がその言葉から感じる辛さと子どもが感じている辛さと異なっていることが多いです。

熊本でも、東日本大震災でも、子どもの心のケアとしていろいろと設問を示してそれを選択させる方法が採られます。その結果は子どもに与えた設問で異なってきます。又自由記述欄があったとしても、そのときに言われ続けたことを子どもは記載してしまうのであり、子どもの本当の辛さとは限りません。結果は大人から誘導されたと理解するのが一番でしょう。

PTSD・心的外傷後ストレス障害に繋がる恐れを専門家は心配していますが、もしこの震災でそれを子どもが持ったとしたなら、脳の仕組みから言って、それはもう既に表れているはずです。慢性PTSD・心的外傷後ストレス障害というなら、この震災で辛くなった子ども達の辛い心を理解しないでストレスを大人が与え続けることで生じます。心の傷を間違って理解して、子どもを苦しめるような対応を続けていることから生じます。この際に大人ではよかれとして行っている大人の対応が、子どもを苦しめていることに気づく人が殆ど居ないことを指摘しておきます。

症状について、「一人で家にいるのが怖い」、「突然物音に敏感になったり、イライラしたりする」、「災害のことを思い出して突然おびえたり混乱したりする」といった症状があげられています。災害時のことを思い出してとありますが、これは言葉通りなら陳述記憶です。子どもの場合陳述記憶から情動を生じることは限られた条件の下で生じるだけです。子どもの場合情動を生じる記憶とは情動記憶です。これらの症状は情動反応であり、情動記憶は子どもの意識には上りません。

情動記憶なら、子どもは何かの刺激を受けて、これらの症状を出しています。決して脳の中でてんかんのように生じているのではないです。どんな刺激を受けてこれらの症状を出しているのか、それは子どもによって同じではありません。また見つけることも大変に難しいです。ですから原因を回避しようとしても不可能に近いです。

情動記憶といえども記憶です。記憶は呼び起こされないとだんだん弱まって、忘れ去られていきます。記憶は呼び起こされるとだんだん強化されて消えなくなります。それ故に情動記憶を呼び起こさない環境が子どもには必要です。記憶を呼び起こさない居場所が必要です。心が安全な場所です。その場所には地震に関係した物があってはいけないです。あればその内の何かで子どもの情動記憶が喚起されて子どもは辛くなるし、子どもの辛い情動記憶は消失しないばかりか強化されていきます。

子どもの場合カウンセリングは悪影響はあっても良い効果はありません。カウンセラーによって辛い情動記憶が呼び起こされたときには逆効果です。子どもの場合辛い情動記憶に触れないで時間の経過を待っていることで、情動記憶は消失していきます。

子どもが地震の際に学習したfecorを考えてみます。急に揺れて家の中がめちゃくちゃになったことでどれだけ子どもが恐怖を感じるかでしょう。激しい揺れはそれだけで恐怖を生じます。物が落ちる音など、今まで経験したことがない出来事も恐怖を生じます。それらで大人が恐怖状態にあることに共感して、子どもは恐怖状態になります。それらは単に恐怖反応です。

今まで学校内の辛さや家庭内の問題などで心が辛い経験が多い子どもは、恐怖に敏感になっています。その子どもは、地震の際に見た物、聞いた音、臭いなどの何かにfecosを学習して、それに反応するfecorを学習した可能性があります。今の医学で言う急性のPTSDです。以後この子どもはこの地震の際に経験した何かに反応をして辛くなります。その何かは複数の可能性も高いですが、その何かを経験しない限り、その何かを思い出さない限り、fecorは反応をしませんから、辛い症状を出しません。

「一人で家にいるのが怖い」、「突然物音に敏感になったり、イライラしたりする」、「災害のことを思い出して突然おびえたり混乱したりする」などは、fecorの症状の可能性が高いと思われます。大人が、そして当人もfecosと気づいていない物に晒されて、fecorが反応をしてこれらの症状を出しています。これらの症状は嫌悪刺激への回避症状だからです。つまりfecosが子どもの身の回りにあり、それが子どものこれらの症状の原因だと気づかないために、これらの原因から逃げだそうと子どもはしないし、親も逃げ出させようとしないからです。

あくまでも推測ですが、熊本地震後の子どもの心のケアとして関係者が気づいた物の多くは、大人の対応に子どもが誘導されて答えた物が多いと思います。一部に本当に辛い子どもが居るはずですが、その子どもが言葉で訴えている辛さと子どもがその情動で感じている辛さと異なっている可能性も高いと思います。大人の心の傷の考え方を子どもに当てはめているので、子どもの辛さが誤解をされていると思います。その対応法やその経過も大人が作った仮定とその想像的な経過観察からなされていて、子どもの心に沿っていない対応が堂々となされています。それでも子どもの居場所を作ろうとしていることは間違っていません。子どもが楽しく過ごせる場所に子どもを保護することでfecorが消失することが期待できるからです。

心の辛さの解消法

あるところでアレクサンダー・テクニークというのが話題になりました。それはアレクサンダーという俳優が声が出なくなり、それをどのように克服したかという話しでした。そのときの話しが、子どもの心を理解するのに役立つと思いますので、転載しておきます。このことを理解できなくても、母親なら大丈夫です。父親には是非理解してもらってください。

アレクサンダー・テクニークという名前は知りませんが、特に心が辛い子どもの心の世界ではこの現象が非常に頻繁に起こっています。殆ど全てと言って良いと思います。しかし子どもの世界では、子どもに問題があると考えられて、子どもを治療することに主眼が置かれていて、子どもの心の中でこのアレクサンダーに起こったことが起こっていると考える人がいないのです。それを説明しておきます。

人間の心には言葉になる顕在意識と言葉にならない潜在意識とがあります。

潜在意識には習慣(大脳新皮質)と情動(大脳辺縁系)があります。

情動には接近系と回避系があります。これらは主として本能と、母親から受け継いだ情動(具体的に何が接近系になり、何が回避系になるかと言う点です)とがあります。

接近系の本能には、生きようとする本能、子孫を残そうとする本能の他に、子どもでは成長しようとする本能があります。これらは全てホルモン、自律神経の反応を伴います。

回避系では、逃げる、逃げられないときにはよい子を演じる、よい子を演じられなくなると荒れる問題行動をする、荒れる問題行動を取れないと心の病の症状を出します。これらは全てホルモン、自律神経の反応を伴います。

回避系の荒れる問題行動を取ると心の病の症状を出すとは、個人の反応の傾向(性格)に関与しているようですが、心の病の症状を出す方が回復が難しいように感じています。荒れる問題行動には家庭内暴力、虐め、万引き、傷害事件、発達障害の症状などがあります。病的症状には声が出ない、手足が動かない、過敏性腸炎、鬱病、統合失調症などがあります。この事実を多くの人は知らないのです。

人がストレス状態にある(回避できない嫌悪刺激に晒されている)ことを、人間は知ることができません。ただ知ることができるのは体に表れた症状から知ることができるだけです。アレクサンダーの例では、自分自身がストレス状態にあることに気づいていません。ただ気づいたのは声が出づらくなったという事実です。多くの人は単に声が出づらい問題が生じたと考えますが、人間の心から言うなら、回避系の刺激を受けて、その刺激から逃げられないので、その回避行動として、アレクサンダーでは声が出づらいという症状を出しただけです。きっとアレクサンダー・テクニークというのは声を出すための又は緊張を軽減するための方法でしょうが、心という立場から言うなら、回避できない嫌悪刺激がある、その回避できない嫌悪刺激を、どのようにして知識から回避するかという問題なのです。

子どもでは、この回避できない嫌悪刺激を母親の母性で解消します。ですから、母親がいない子ども、母性が機能をしていない母親の子どもでは、その解決が大変に難しくなる傾向があります。

大人の考え方

私達大人は大人の考え方をします。決して子どもの考え方ではないです。大人の考えとは大人が言葉を使って表現する限り、観察(刺激)を大人の知識で理解して、言葉にしています。言葉にする限り大人の考え方です。子どもへの対応を考えるとき問題になるのは、大人の考え方が子どもの心に沿っているかどうかです。大人の考え方が子どもの心に沿っていないと、子どもが大変に苦しくなる場合があるからです。

子どもを観察して、子どもの心に沿う方法論として、子どもの言葉にそう方法と、子どもの情動にそう方法があります。

子どもの言葉に沿う方法は多くの大人が自然としている方法です。大人の心に沿う方法と同じです。

子どもの情動にそう方法は、子どもの情動は行動や表情、とっさの行動に表れます。それらに基づいて子どもの心を理解する方法です。子どもの行動は情動から生じていますから、子どもの行動(反応を含めて)を理解するには、子どもの情動にそって理解しないと、理解ができません。

たとえば子どもが学校に行かなければ、子どもの情動にそった考え方では、学校を回避している、学校が辛いと理解します。
これを言葉にそう方法で理解すれば、子どもが怠けている、学校に行きたがっているのに学校に行けないのはかわいそうと理解します。

このように子どもの心に沿った理解は子どもの言葉に沿った理解と全く逆なことになることが多くあります。

心が辛い子ども達への母性

母性はありますが、母性というはっきりとした物があるわけではないと私は思います。そこで今一度母性を、動物を参考に考えてみてはいかがでしょうか?動物は母性だけから子育てをして居ますから。特に類人猿の母性は人間の母性に共通していると推測されます。

ここで注意しなければならないのは、人間に育てられて、母親から育ててもらっていない母親は、子育てを放棄しやすいと言う事実があります。それはきっとその動物にその動物なりのストレスが人間から与えられていたためだと思われます。

にんげんに育てられて、母親から育ってもらっていない母親でも、子育てができるという事実があります。これは母親が子どもを育てようとする本能と、子どもが育ててもらおうとする本能とが、機能し合ったためだと思います。

この事実から言うなら、「母性というのは子どもの要求を持たし続ける物のようです。危険から子どもを守り、子どもの成長に必要な物を与え続ける、必要としない物を与えない」、ただこれだけのようです。ここにはマニュアルはありません。

不登校、引き籠もりのように、心が辛い子どもは、危険な状態です。しかし多くの母親はこれが子どもが危険な状態だとは気づかないのです。人間以外の動物と違って、人間の母親には子育てというマニュアル(=常識)があります。そのマニュアルが優先して、子どもが危険な状態にあることに気づかないのです。子どもが危険な状態にあることに気づけば、多くの母親は母性が働いて、子どもを守ろうとするのですが。子どもが危険な状態にあることに気づかない母親には、子どもが危険な状態だと教えてあげることもできますが、子育てのマニュアルを強く持っていて、アドバイスを受け入れられない母親も多いと思います。

不登校、引き籠もりのように、心が辛い子どもの内でも、その辛さが強すぎて、母親を信頼できない、母親を拒否をして居る子どもが居ます。今の日本の多くの不登校、引き籠もりの子ども達と気づく状態の子ども達です。動物では存在しない心の状態です。人間の子どもから学ぶしかありません。不登校、引き籠もりの子どもの心は、経験者しかわかりにくいと言うことを意味しています。

この状態でも母親にマニュアルが強くて、子どもが危険な状態だと気づかない母親と、やっと子どもが危険な状態だと気づく(これは母性です)母親が居ます。後者の母親でも、どのような対応が子どもを危険な状態から守られるのか、子どもを守ろうとする母親を子どもが受け入れるのか、分かりません。ただ、子どもを守ろうとする母親の対応を積み重ねることにより、何が子どもを苦しめ、何が子どもを元気にするのかが、見えてきました。それは子どもの本能に沿った対応をすることです。この本能に沿った対応は別の意味でのマニュアルになります。

不登校、引き籠もりの子どものように、心が辛い子ども達にとって、まず子どもが辛いことを動物と共通の母性で感じ取って、子どもの本能に沿ったマニュアルで対応をして、子どもの心が元気になったら、子どもが求める物を母性で感じ取って、子どもに与え続ける、子どもがその子どもなりに育つのを待つのが、人間の場合の母性だと思われます。

自律神経症状と心の病の症状

人間の回避系の本能として、
辛くなると逃げる
逃げられないとよい子を演じる
よい子を演じられないと荒れる問題行動をする
荒れる問題行動ができないと、心の病の症状を出す
と申し上げてきていました。

この心の病とは精神症状であり、医者から見て鬱病とか、統合失調症と診断されるような症状です。

このほかに体の症状として自律神経失調症の症状があります。この自律神経失調症の症状とは自律神経を介して表現されています。自律神経の症状とは何かを考えてみて下さい。辛くなると逃げるとは危険を感じると逃げるという意味です。動物では殆どこの段階までです。それ以上の辛さがあるときには死を意味しますから。

辛さから逃げる、危険から逃げるには、内臓の機能よりも逃げるための筋肉の機能が最優先されます。そのために脳(大脳辺縁系や脳幹は自律神経やホルモンを介して、筋肉が一番良く働くように調節します。つまりホルモンで代謝を高め、心拍や呼吸を高めます。その代わり消化管の機能を低下させます。多くの動物ではこれまでで、これにより生き延びられた動物は自律神経の機能を元に戻します。
生き延びられない動物は、死んでしまいます。自律神経失調症の症状と書きましたが、見かけ上失調の状態であり、人間が辛いことから逃げられない中で、何とかして逃げようとする、ある意味で自然な反応なのです。生理的な反応なのです。

ところが人間は命だけは守られます。よい子を演じる、荒れる問題行動をする、心の病の症状を出す段階でも、自律神経は機能をし続けています。その機能もより機能を高めて、人間が動物時代に獲得したように、逃げるために自律神経の機能をより一層、ひょっとしたら極限まで高めています。その結果、人間は動悸がする、胸が痛い、息苦しい、腹痛がする、吐き気がする、嘔吐する、下痢をする、
免疫異常を起こすなど、あらゆる病気の症状を出します。つまり病気の症状とは全て自律神経を介して表現されています。それ以外に心の病の症状=精神症状という物があります。これは一部大脳新皮質が関与していますから、自律神経の症状とは違います。但し殆どの場合自律神経症状を伴っています。

児童、思春期の子どもの心の病をどう捉えるのか

2015年2月11日医療関係者に講演した内容です。ほぼ完成しました。全ての子どもの心の問題の理論的な内容になっていて、難しいかもしれません。対応法の根拠を知りたいと思われる方は、ご覧になってください。タイトルをクリックしてください。