登校拒否、不登校、引きこもりは 心 の 傷


(0)初めに

 今まで多くの人たちが、その人の立場から、登校拒否、不登校、引きこもりに関する研究分析を行い、発表してきています。それは全て、その人達なりの立場からの解釈であり、客観性や、科学性がありませんでした。現在でもかなり多くの人が、登校拒否、不登校、引きこもりは、子どもの怠けだ、我が儘だ、心が弱い、などと、子どもの心を理解しない解釈をし続けています。子どもに原因を求め続けています。また、親の育て方が悪いとか、親のしつけが悪いとか、親が子供を甘やかしすぎだとか、親が子どもを学校へ行かす努力が足らないとか、親にも原因を求めています。政府も学校も、不登校の子どもを学校へ引き戻そうとする対応を止めていません。それどころか、子どものためと言って、不登校の子どもを学校へ戻そうとする対応を強めていています。
 これから示すように、登校拒否、不登校、引きこもりは子どもの心にできた傷から生じていますから、政府や学校の対応は、子どもの心の中にできた心の傷をより一層悪化させることになります。子どもの生きる権利を侵害します。次の時代を担う子供達を健康に育てるのに、逆効果です。


(1)登校拒否、不登校

*登校拒否とは
「学校へ行くべき子どもが、言葉で、行動で、症状で、学校へ行けない、行こうとしない状態(無理矢理に行かされている状態を含む)」

*不登校とは
「登校拒否の内で、既にある期間学校に行っていない状態」

 このように登校拒否と言う言葉は不登校という言葉よりももっと広い概念です。登校拒否には、子どもが学校へ行っているときで、それでいて学校へ行きづらくなっている状態をも含みます。子どもの行動や状態がどうであれ、心の中で学校に対して恐怖を感じている状態です。例えばある時間割の時だけ学校へ行く、給食の時だけ学校へ行く、学校へ言ったり休んだりを繰り返す五月雨登校、保健室やスクールカウンセラーの部屋などの別室登校、いじめを受けている子ども、そればかりか、いじめている子ども、授業を妨害する子ども、校内暴力の子ども、集団暴行、集団暴走、万引き、性的非行などの非行に走る子どもも登校拒否の状態です。登校拒否、不登校、引きこもりと、いじめや非行行為とは、見かけは違っても、その大本では共通です。
 多くの大人は、子どもが学校へ行かなくなった時点で不登校問題を考え始めます。子どもが学校へ行かないと言う目に見える事実から、不登校は理解しやすいです。理解しやすい不登校という言葉を、現在では好んで使われるようになっています。
 親や先生は、子どもが学校へ行かなくなった原因を捜して、それを解消して、子どもを学校へ行かせようとします。けれど子どもが学校へ行かなくなった原因を見つけたとしても、その学校へ行かなくなった原因は、子どもが既に学校へ行きづらくなった状態の結果生じている場合が多いです。不登校問題の大本の原因は、子どもが未だ不登校になっていない時期、子どもが登校拒否をしているが学校へ行かされている時期に幾つかあって、それらが関係して、子どもが学校へ行けなくなった原因を作っています。それ故に、子どもが直接不登校になった原因を解決しても、子どもが既に学校へ行けなくなっていることには変わりありません。不登校問題の解決には、子どもが未だ不登校になっていない時期、登校拒否をしているが学校へ行っている時期に対応を取れば、子どもの心が大きく傷つかなくて済みます。子どもに苦しみを経験させなくても済みます。子どもが不登校にならないで済みます。


(2)登校拒否、不登校は恐怖の条件反射

 多くの登校拒否、不登校の子どもたちには次のような共通点があることが分かりました。
1.なぜ子どもが学校、または学校に関する物を回避するようになるのか?
2.学校や学校に関係するものを思っただけで、子供は激しく反応するのか?
3.それも刺激を受けた瞬間に反応を起こすのは何故か?子供たちはいろいろと思考を巡らして、反応を起こしているのではない。
4.子供たちの出す症状はまねではない。なぜ子供たちはこれらの身体症状を出すのか?
5.今まで直で所謂良い子どもであったのが、突然なぜこれだけ急変できるのか?
 登校拒否、不登校の子どもが瞬間的に反応を起こすのは反射です。脳における反射ですから条件反射が考えられます。条件反射だと考えると、学校に反応すると、瞬間的に反応することが科学的に説明できます。条件反射としてはパブロフの犬の実験が有名です。

*パブロフの犬の実験

・犬は餌を見せると、唾液や胃液を反射的に出します。
  餌  犬ーー>唾液、胃液を出す
・犬が全く反応しない音が有ります。
  音  犬ーー>無反応
・その音を聞かせた後餌を与えることを繰り返していると
音と餌  犬ーー>唾液、胃液を出す(繰り返す)
・犬はその音を聞いただけで、餌を見せなくても、唾液や胃液を出 すようになります。
音  犬ーー>唾液、胃液を出す
これを音で条件づけられた条件反射と言います。条件刺激が音です。
 すでにパブロフの犬の実験から登校拒否、不登校を説明しようとする試みは行われていました。けれど、パブロフの犬の実験では、登校拒否、不登校、引きこもりを説明できません。

 条件反射はパブロフの犬の実験のように犬にとってご褒美ばかりでなく、犬にとって恐怖でも強力な条件反射が成立します。恐怖で条件付けられた条件反射は、学習した条件刺激で反射的に恐怖を生じるようになります。以後恐怖の条件反射と呼ぶことにします。

*恐怖の条件反射の説明
・犬に痛みを与えますと犬は逃げようとします。逃げられないときには暴れます(回避行動)。
  痛み  犬ーー>回避行動
・犬が全く反応しない音があります。
音  犬ーー>無反応
・その音を聞かせた後痛みを与えることを繰り返していると
音と痛み  犬ーー>回避行動(繰り返す)
・犬はその音を聞いただけで、痛みを与えなくても、逃げようとし ます。
音  犬ーー>回避行動
 これを恐怖で条件づけられた条件反射(恐怖の条件反射)と言います。条件刺激は音です。登校拒否、不登校を恐怖の条件反射で説明すると、学校に反応する、瞬間的に反応する、いろいろな恐怖の症状を出すことが説明できます。

 ここで恐怖という言葉の概念をはっきりさせておきたいと思います。人間では恐怖を表現する言葉は、怖い、寂しい、悲しい、足が震える、等いろいろな表現が可能ですが、動物は喋ってくれません。そこで動物の観察から、神経生理学的に恐怖を定義してみたいと思います。動物での観察は人間にも当てはめられます。

*恐怖刺激とは
 人間を含めて動物がある刺激を受けたとき、「逃げる」、「攻撃する」、「すくむ」のどれかの反応を示したとき、その刺激を恐怖刺激といいます。恐怖とは、その恐怖刺激を受けたときの動物の状態をいいます。
 今から10年ぐらい前から、脳科学が急速に進歩してきました。脳を科学的に、客観的に分析できるようになってきています。その脳科学が恐怖の仕組みを詳しく解き明かしてきています。その結果恐怖でいろいろな身体症状を出すことが分かってきました。学校を想像しただけでも、登校拒否、不登校の子どもが反応する仕組みも分かってきています。

*恐怖を生じさせる物
 恐怖を生じさせる物としてどういう物があるかを、あらかじめ知っていて欲しいと思います。痛み、強すぎる五感(稲妻や雷鳴)、否定(人格の否定、無視)、既に学習した恐怖の条件刺激(お化け、蛇、雰囲気)

*恐怖には慣れはない
 恐怖を考えるとき、どうしても知って置いて欲しいことがあります。それは恐怖には慣れが無いという事実です。多くの刺激には慣れがあります。例えば、明るいところにいると、明るさを意識しません。毎日おいしい物を食べていると、変わった物を食べたくなります。電車や自動車の音の中で生活していると、それらの音が気にならなくなります。
 恐怖に慣れがないと言う事実でも、例外があります。それは新奇刺激と言って、目新しい物に恐怖を感じる場合です。この新奇刺激には慣れがあります。小学一年生が入学時に母親から離れられない姿です。慣れると子どもは母親から離れて、集団の中に入って行きます。その事実があるからでしょうか、子どもが学校が辛いと言いますと学校の先生は「我慢して学校へ行って、学校に慣れることが大切だ」と言います。「頑張って辛いことを乗り切れ」と言います。けれど子どもは、辛いことに慣れが無いので乗り切れません。それどころか恐怖には相乗効果があります。恐怖刺激を繰り返し受けていると、些細な恐怖刺激でも、子どもは大きな恐怖を生じるようになります。その結果恐怖の条件刺激を学習して、恐怖の条件反射が成立してしまいます。大人や親が知らない内に子どもが心の傷で苦しむようになります。

*大人と子どもとでの恐怖に対する反応の違い
 もう一つ注意して欲しいことは、人間の大人には他の動物と違って、意志があって、意志で恐怖を調節して、恐怖刺激を回避できます。子どもにはそれができません。大人はこの事実を知りませんから、大人は子どもに恐怖を乗り越えさせるために、子どもに繰り返し恐怖刺激を加える結果になっています。どうしても子どもに恐怖刺激を与えなければならないならば、その後すぐに与えた恐怖刺激以上の喜び刺激をその子どもに与えなければなりません。

*恐怖の条件刺激への反応。
 恐怖の条件刺激を学習した動物が、恐怖の条件刺激に出会ったときの反応は、逃げようとする。逃げられないときには暴れます。それでも逃げられない(回避できない)時にはすくみの状態になります。逃げられなくて暴れているとき、側に仲間がいるときには、その仲間を攻撃します。恐怖の条件刺激を回避する方法を学習した動物は、すくみの状態になることはなく、逃げようとして暴れ続けます。

 登校拒否、不登校の子どもについて、恐怖の条件刺激は学校又は学校に関する物です。その恐怖の条件刺激に出会うと、子どもはそれから逃げ出そうとします。それが登校拒否、不登校の子どもの逃避や回避行動です。恐怖の条件刺激から逃避や回避ができないとき、子どもは暴れます。それが学校内で起こると校内暴力であり、家庭内で起これば家庭内暴力です。恐怖の条件刺激によるすくみの状態が、子どもの鬱状態に相当します。恐怖の条件刺激から逃げられなくて、側に仲間がいるときには、仲間を攻撃します。それがいじめに相当します。恐怖の条件刺激を回避する方法を学習した子どもは、鬱状態などの精神症状を出しません。

*お医者さん嫌い
 人間での恐怖の条件反射として、お化けや、お医者さん嫌いがあげられます。お医者さん嫌いを恐怖の条件反射で説明します。
・子どもから見たら、医者は単なる大人です。それだけで恐ろしい 存在ではありません。
  医者  子どもーー>大人と子どもとの関係
・ところが医者が予防注射とか治療として子どもに注射をすると、 子どもはその注射の痛みによって恐怖を生じ、注射器やそれをあ つかった医者に恐怖の条件刺激を学習します。
医者 痛み=>子どもーー>恐怖の条件刺激を学習
・医者に恐怖の条件刺激を学習した子どもは、医者を見ただけで恐 怖を感じるようになります。お医者さん嫌いになります。
  医者  子どもーー>回避行動
・医者に対する恐怖の条件反射がより強くなりますと、子どもは医 者のような白い服を着た看護婦や、病院でなくても、コックさん のような白い服を着た人を怖がるようになります(恐怖の条件刺 激の汎化)。
  医者を想像、白い服の人  子どもーー>回避行動
この場合、親や大人達は自分の経験から子どもが医者を怖がる理由が理解できます。

*登校拒否、不登校の恐怖の条件反射からの説明
 先生の体罰による登校拒否を恐怖の条件反射で説明してみます。
・子どもにとって子どもの集団である学校は楽しいところです。先 生も子どもを大切に育てようとしていますから、子ども達は先生 を求めます。
  先生  子どもーー>良い関係
・ところが、先生があまりに子どもを思うあまり、先生の希望に添 っていない子どもを、先生の希望どうりに動かそうとして、体罰 を与えることは良くあります。体罰として叩くなどの痛みや、先 生が怒ったり罰を与えた事による恐怖で、子どもは自分の周囲に ある物、先生、教室、机や椅子、学校の建物などを恐怖の条件刺 激として学習します。
  先生 痛み=>子どもーー>恐怖の条件刺激を学習
・それ以後、子どもは学習した条件刺激に出会うと、それを回避し ようとします。回避できないときにはいろいろな神経症状、精神 症状を出すようになります。
  先生  子どもーー>回避行動、神経症状、精神症状
・恐怖の条件反射がより強くなりますと、子どもは学校を想像した だけで、先生を想像しただけで、全く関係ない生徒を見ただけで、 恐怖を感じるようになります(恐怖の条件刺激の汎化)。
  先生、学校、勉強道具を想像  子どもーー>回避行動、神経                       症状、精神症状
 この場合、先生は一生懸命子どもを良い方向へ導こうとしています。子どもに決して悪いことをしたと理解していません。親も先生が一生懸命子どもを教育してくれている良い先生だと理解しています。その結果、先生に反応する子どもがおかしい、学校に反応する子どもがおかしいと考えることになります。この点がお医者さん嫌いと異なるところです。


(3)登校拒否、不登校のまとめ

 登校拒否、不登校の原因は子どもによって様々です。原因は何であれ、その結果として子どもが学校及び学校に関する物に対して反応するようになったという共通点があります。学校及び学校に関係する物を見たり意識したりしたとき、反射的に学校を拒否するようになっています。反射的に拒否するのであり、子どもなりに何か理由を考えて、その結論として学校を意識的に拒否しているのではありません。そこには全く理屈はありません。恐怖の条件反射という、子どもの反射的な反応です。大人の経験から分析しても、全く意味がありません。
 恐怖の条件反射は恐怖を受けたときに、恐怖の条件刺激を学習することにあります。何を恐怖の条件刺激として学習するのかは、その子どもにより異なります。恐怖の条件刺激として学校又は学校に関する物を学習したときに登校拒否、不登校となります。
 子どもは実際に学校で、どんな経験をして、その結果、恐怖を感じ、何を恐怖の条件刺激を学習するかです。登校拒否、不登校では、先生や友達から受ける痛み、恐怖を感じる雰囲気、”しかと”などの個人の存在の否定があげられます。
 大きな恐怖刺激ですぐに恐怖の条件刺激を学習してしまうのが、阪神淡路大震災で有名になったPTSDです。小さな恐怖刺激では、すぐに恐怖の条件刺激を学習しません。ただし、これらの小さな恐怖刺激を繰り返し経験することで、恐怖刺激に対する閾値が低下するために、普通の子どもでは殆どなんでもないような恐怖刺激でも、繰り返し恐怖刺激を受けている子どもでは死ぬほどの恐怖を感じてしまいます。その結果、いつの間にか恐怖の条件刺激を学習してしまいます。学校内で繰り返される殆ど無視できるような恐怖刺激で、学校や学校に関係する物に恐怖の条件刺激を学習してしまう子どもが出てきます。そして殆ど全ての大人、親や先生は、何故子どもが学校を拒否するようになったのか、その理由を理解できません。
 人間では記憶の役割が大きいです。周囲に恐怖の条件刺激が無くなっても、恐怖の条件刺激を思い出すだけで、恐怖の条件反射が生じてしまいます。登校拒否、不登校の子どもでは、学校や学校に関連する物を思い出したり連想したりしただけで、恐怖を感じるようになります。その結果いろいろな症状を出すことになります。症状としては以下のものがあげられます。

*神経症状:頭痛、腹痛、下痢、嘔気、嘔吐、動悸、呼吸困難、微熱、目眩、過呼吸、振せん、

*精神症状:チック、こだわり、強迫症状、盲、聾、唖、過食、拒食、恐怖症、幻聴、幻覚、夜尿、昼夜逆転、不眠、自傷行為、鬱病、分裂病

*不適応行動:家庭内暴力、校内暴力、いじめ、いじめられ、万引き、酒、たばこ、薬物、性的非行、集団非行、集団暴走、

 このように、恐怖の条件反射を生じると、ありとあらゆる症状を出すことが分かります。これらの神経症状、精神症状は、所謂精神疾患の症状です。このことは、医者で心の病気と診断された子どもとは、恐怖の条件反射で生じた症状に悩まされているだけで、所謂精神疾患ではないことを示しています。子どもには精神疾患はありません。ですから、すぐに精神疾患として薬を投与する医者に、登校拒否、不登校の子どもがかかることは大変に不幸なことです。子供達の出す神経症状や精神症状が、病気ではなく、恐怖から来る物であることを、早く医者が理解して欲しいです。恐怖から子どもを隔離するような対応を取るようになって欲しいです。
 恐怖の条件刺激を思い出して、恐怖の条件反射を生じている子どもを、外から見つめた場合、子どもが何故このような症状を出したり、不適応行動をとるのか全く分かりません。そこで周囲の人は、この子どもはおかしい、病気ではないか?問題児ではないか?と子どもを疑うようになります。それは周囲の人の勝手な判断であり、当の子どもは恐怖の条件刺激を思い出しただけで、恐怖の条件反射の症状に苦しんでいる状態なのです。子どもに原因はありません。子どもは被害者です。


(4)心の傷

 心の傷は心の反応の仕方ですから目には見えません。概念的に示すしかありませんが、その実体は恐怖の条件反射です。恐怖の条件反射が概念上の心の傷を全て説明してくれるからです。
概念的な心の傷とは、心が何かで傷つけられて、その人が普段していたような行動が出来なくなった状態です。つまり、心の働きが心を傷つける物よって、今まで働いていたようにはならなくなった心の状態です。その人が辛く感じるように心が働くようになった状態です。その辛くなる感じが心の傷の症状になります。
 心が傷つけられると心の働き全てが変わってしまうかというと、そうではありません。心が今まで通り働く部分もあります。ある時は今まで通り働くが、ある時は辛く感じるように働く場合もあります。この辛く感じるように働く時を心の傷が疼くときと表現しています。
 この心が辛く感じられるように働くとき、すなわち心の傷が疼くときに、心を傷つけた物が同時に存在すれば、それが心を疼かしていると理解できます。ところが心を傷つけた物が無くても心の傷が疼きます。心に傷を付けた物とは全く関係ないと思われる物が、心の傷を疼かせることに気づいている人は殆どいません。例えば、登校拒否、不登校の子どもでは、いじめの事実を思い出すこと、学校の建物、自分とは関係ない先生、学生を見た場合がそれに相当しています
 多くの人はこの事実にいろいろな理由を付けて解釈します。しかしそこには理由はなくて、只単に、心の傷を持っている人には心の傷を疼かす物があると辛く感じるような反応を起こすという事実でしかありません。その心の傷を疼かせる物は人によって異なります。それは心を傷つけた物とは直接関係ない物が多いです。けれど心を傷つけられたとき、心を傷つけられた人が経験していた物の内の一つです。意識していた物、意識していなかった物、どちらの場合もあります。その心の傷を疼かせる物は、普通の人ではそれで辛く感じるようになることがないので、信じられないだけです。信じられないから心の傷を持っている人をおかしい人だと考えたり、何か全く関係ない理由を付けて理解しようとします。
 心の傷は恐怖の条件反射です。研究者の中には脳に傷があると主張している人がありますが、それは違います。決して脳の中に傷があるのではありません。研究者が脳の中の傷だと指摘する物が無くても、心の傷は存在します。脳の話になりますが、脳の仕組みを考えると、心の傷とは恐怖の条件反射でしか存在し得ないのです。また、恐怖の条件反射で心の傷を全て説明できます。その結果、細かいところでは若干違いますが、基本的には
心の傷=トラウマ=PTSD=恐怖の条件反射
となります。
 心の傷は、体にできた傷と違うことがあります。心の傷が疼くとき、人は新たに恐怖の条件刺激を学習します。


(5)引きこもり

 不登校の子どもが学校へ行かされる対応を取られますと、その時、不登校の子どもの心の傷が疼きます。その心の傷が疼いたとき、不登校の子どもは、子どもの周囲にあった物を、新たに恐怖の条件刺激として学習します。恐怖の条件刺激の汎化です。恐怖の条件刺激がもっと広がって、いろいろな物に反応するようになると言う意味です。不登校の子どもの場合、子どもを学校へ行かそうとする対応を取る人は親ですし、学校へ行かそうとする対応を取る場所は自分の家の中です。その結果、親や家の中の物に恐怖の条件刺激を学習して、自分の部屋の中に引きこもります。その結果、引きこもりに成ります。
 不登校とは関係ないと考えられる子どもの引きこもりに関しても、その根底には登校拒否があります。学校へ行きづらい状態で学校へ行っていますと、自分の周囲の物に恐怖の条件刺激を学習します。学校を終えても、自分の周囲の物に恐怖の条件刺激を学習している事実には変わり有りません。何かのきっかけで、恐怖の条件反射が全面に出てきて、引きこもりになっています。そのきっかけとは就職が関係している場合が多いです。
 引きこもりとは子どもの周囲の物に恐怖の条件刺激を学習した結果の子どもの反応であり、登校拒否、不登校と見かけは大きく違いますが、その内容は、子どもの心の中はほぼ同一の状態です。


(6)対応法

 登校拒否、不登校、引きこもりは心の傷、すなわち恐怖の条件反射から生じています。と言うことは、登校拒否、不登校、引きこもりの解決法は、子どもの心の中にできた心の傷を癒すのが解決法です。すなわち恐怖の条件反射を無くする(逆条件反射を学習)のが解決法です。そのためには、少なくとも心の傷を深くしないこと、心の傷を疼かせないこと、恐怖の条件刺激をあたえないことが対応法になります。登校拒否、不登校では、いわゆる登校刺激と言われている物を与えないことになります。引きこもりでは、引きこもりを止めさす対応をしないことになります。引きこもりから引き出そうとする対応は、子どもを恐怖の条件刺激に晒すことになりますからです。
 子どもの場合、子どもは成長を伴っていますから、成長というエネルギーのために、恐怖の条件反射は時間の経過で消失していきます。そのため、子どもでは心の傷を疼かせない対応、恐怖の条件刺激を与えないことで、その結果恐怖の条件反射を起こさせない対応で、十分に登校拒否、不登校、引きこもりの問題が解決します。ただし、その際に子どもが学校へ戻るかどうかは保障されません。登校拒否、不登校、引きこもりを克服した子供達の生き方は、社会一般が求めている物とは違う場合があります。
 より積極的に登校拒否、不登校、引きこもりを解決する方法は一つだけあります。それは心の傷に包帯をすること、恐怖の条件反射で言えば、恐怖の条件刺激よりも強くて楽しい刺激を与えてあげることです。具体的には子ども一人一人で異なりますが、子どもが生活を楽しんでいる姿です。楽しいことに没頭している姿です。その意味ではビデオゲームに夢中になっている、漫画やテレビ、ビデオに夢中になっていることはとても良いことです。社会的にはこれらのことに耽る子供達を批判的に見ていますが、心の傷という意味ではとても効果的で、大切なことです。
 ただし、子どもがこれらの好きなことに夢中になっていて、子どもが落ち着いてきても、一方で、心の傷を疼かせる物を与えている限り、恐怖の条件刺激を加え続けている限り、解決はありません。心の傷が癒えることはありません。恐怖の条刺激を与えないと言うことが大前提です。恐怖の条件刺激を与えないと言うことには、子どもが恐怖の条件刺激を連想する、思い出すことがないことも含まれます。これがとても大切です。
 社会的には漫画テレビビデオに夢中になることを批判的に見ています。これは心の傷を癒そうとする子供達の存在の否定になり、それ自体が子どもの心に傷を付けて、心の傷の治癒を遅らせます。
 子どもに好きなことをさせようとしてもしない場合があります。子どもに好きなことをするように勧めても、好きなことを見つけだせない場合があります。それは子どもが自分で自分を縛り付けて、好きなことに手を出すことができない場合や、好きなことに手を出しても、親の監視の目を感じて、ついつい良い子を演じようとしている場合です。これらの問題を解決するには、親も自分の好きなことに没頭すると良い場合が多いです。親が楽しそうにしていると、子どもは安心して自分の楽しみにふけることが出来ます。この場合も子どものために親が楽しいことをしようとするなら、それはまず失敗します。親が、子供と一緒に楽しもうとするなら、それは子どもを却って苦しくします。その子どもなりに、その親なりに、楽しむことが大切です。その結果として親と子が一緒に楽しめるなら、それは理想です。しかしその必要はありません。


(7)サイン

 臨床心理士やカウンセラーが「サインを見つけるように」と言います。サインとは、心の傷の症状である神経症状、精神症状、不適応行動です。子どもがこれらの神経症状や精神症状を出しているとき、不適応行動をしているとき、これらをサインと判断することは大変に難しいです。多くの場合、サインとして気づくのは後から振り返ってみて分かることです。子どもがサインを出したときに分かるようでしたら、心の傷を本当に理解している人です。
 例えば子どもが辛いと言ったとき、親は子供が辛いと言った原因を取り除こうとします。けれど子どもは自分の辛い原因が自分の理解している物である、と言っただけです。多くの場合、子どもが原因として全く認識していない物から、その子どもが辛くなっています。
 例えば子どもがお腹が痛いとか気持ちが悪いなどの神経(身体)症状や、人が悪口を言う声が聞こえる、又は耳が聞こえないなどの精神症状を出しているとき、親は子供が病気ではないかと思って子どもを病院へ連れて行きます。医者から病気だと言われて、親は安心して、子どもに薬を飲ませ続けます。ところがストレスによる精神症状や精神症状自体がサインなのです。
 例えば、子どもが非行行為をします。すると子どもが問題だとして、親や大人は子どもを矯正しようとします。ところがストレスによる非行行為自体が、サインなのです。
 これらは子どもが出したサインを、親や大人が子どもの実体そのものと誤解しています。確かに子どもの出したサインと子どもの実体とを区別することは大変に難しいです。サインを理解するには、どうしても心の傷、恐怖の条件反射を理解する必要があります。