最新神経生物学から知れる子供の心の構造

抄録
 子供の心を理解するには扁桃体の存在に注目する必要がある。扁桃核はLuDoux達によりかなり詳しく調べられてきた。子供の心を思考と情動と分けて考え、新皮質と扁桃体の性格を考慮して、またその成熟の時期を考えるなら、子供達の示す大人とは違った情動、行動を理解できる。
KEY WORDS   子供の心、前頭葉、扁桃核、成熟

「はじめに」

 子供の心は大人にとって分かり難い所がある。そのため大人が子供の心を知るにはじっくりと子供の全てを観察する事が大切である。しかしただ子供を観察するだけでなく、子供の心の構造を知って観察をする事の方が、より価値ある成果を得られるだろうと考えられる。それは医者が患者を診断するとき、人間の解剖生理を考慮して診察をするのと同じ意味あいである。

 人間の心が脳の機能そのものであることを疑う人はいないと思う。その脳に関しても、最近では測定技術の向上により、その構造、部位と機能の内容がかなりわかってきた。動物実験の蓄積、MRI、PET、脳磁気等の最新医療診断技術の発達等からわかってきた事だ。1)それを子供に当てはめて、子供の心の構造の一部を組み立ててみたい。ただ「動物実験の内容がどうして人間の心に当てはまるのだ」と言われる方も多いと思う。ところが動物の脳の進化は次々と新しい能力を付け足す形で進化している。それ故に、人間にも動物にも共通する脳の部分は、その構造、機能が全く同じでないまでも、非常に似ていると考えられる。その内でも情動に関する脳内の反応は、下等な動物から人間に至るまで、かなり共通な所が有る。また動物の内でも猿から得られたいろいろな結果は、ほぼ人間に当てはまるように考えられる。

「解剖学的な観点から」

 脳をその機能から大きく三つに分けるとしたら、大脳新皮質、異皮質(旧皮質)、間脳と脳幹であろう。大脳新皮質の連合野は明瞭な認識に関する感覚や記憶に関与している。特に前頭葉は他の動物と比較して、人間で際だって発達している脳である。前頭葉は認知の最高中枢と考えられ、その時までに学習した知識、陳述記憶に基づいて判断する、人間の考える脳、理性の部分であろうと考えられる。
 扁桃核は情動の反応の場所である。2)外からの刺激に対して感情を生じたり、反射的な行動を起こすところである。その反応の仕方は生まれ落ちたときからその時までに情動に関して学んでできあがった反応パターンできまる。それは性格に相当する。扁桃核での恐怖に関する評価の研究はLuDouxらにより詳しく研究されてきている。このLuDouxらの成果を子供の見方に応用すると、いろいろなことが見えて来る。

 間脳と脳幹は生命の維持のための、体内の生理学的な反応を調整する。心に関しては、間脳と脳幹は情動の表出だけと考えられる。

 大脳新皮質と異皮質は発生学的にも異なり、同じ大脳の中でも異皮質は新皮質に覆い隠されたようにして存在している。それだけ大きく発達した新皮質は人間を人間らしくしている脳では有るが、その新皮質の機能の根幹は異皮質、特に扁桃核や海馬核に依存している事に注目をする必要がある。

「大脳新皮質の思考について」

 人間の明瞭な、意識的な思考、判断は前頭葉で行われていると考えられる。前頭前野皮質は大脳の感覚野、運動や、言語に関する部分と強い神経連絡があるとともに、扁桃体や海馬体等とも強い神経連絡が有る。目や耳の感覚器からの情報は大脳内の視床を経て、大脳皮質の一次感覚野に投影され、感覚連合野で処理され、前頭葉に送られて認識される。前頭葉では、感覚連合野からの情報を陳述記憶と照らし合わして、必ず扁桃核(情動)からの影響下に判断して、反応行動を起こすための情報を脳の各部分に送りだす。またこの際の情報を一時記憶として一時蓄えて、情動の脳からの影響を受けて、その内の一部を陳述記憶として新たに大脳皮質に蓄える。何を記憶して、何を記憶しないかの決定はもちろんその人の意思によるが、それよりも大きな要素として、情動の影響に注目する必要がある。またその人の意思もその人の情動に大きく影響をされていることも忘れてはならない。前頭葉の判断の際では、かけ算のような簡単な演算、数学の証明のようなものは、情動の影響なしに前頭葉だけで判断できるようだ。それ以外の判断は情動の脳からの指示がない限り判断できないことが、前頭葉に障害を持った人の研究から分かっている。

 前頭葉ではでは扁桃核の中で進行している情動の状態を知ることはできない。3)これはJames-Lange説として、知られているものである。4)すなわち感覚連合野で処理された情報で扁桃体の中で情動反応を生じる。前頭葉は、扁桃体が情動反応を起こした、其の情動反応が体に表出したもの、例えば心拍や呼吸、発汗等を感じ取って情動の内容を判断し、情動的感情を形成している(P1)。その事より余りに情動刺激の時間が短いと、人の情動反応が起きているのに、其の情動反応の原因や其の情動自体が何であるのか主観的に分からないと言う経験をする事がある。

 成熟した人間の理性的判断は情動抑えることができることは、経験から明かである。ただ、それはJames-Lange説から考えると、発動した情動の継続時間を短くするのであり、情動の発生自体を抑えたのではない。子供では大脳新皮質の発達が未熟なために、この機能は弱いか無いと考えられる(T1)。

「扁桃体の情動判断について」

 以前情動判断は視床下部で行なわれていると考えられていた。現在情動に関する脳は大脳辺縁系が司り、其の主たる物は扁桃体で行なわれていると考えられている。目や耳の感覚器からの情報は視床を経て大脳の体感覚やに投影され、そこから前頭葉と扁桃体に投射される。扁桃体に投射された情報から、扁桃体で情動反応を生じる。その情動反応は自律神経やホルモン、運動神経を介して、体中に情動を表出させる。体中に表出された情動は、知覚神経を介して大脳皮質の体感覚野に体感覚を生じ、其の情報が前頭葉に送られて、主観的な情動感覚を感じることになる(P1)。

 情動脳は前頭葉での理性的な判断や記憶に大きな影響を与える。場合によっては情動の脳が理性の脳を完全に支配してしまうことすらある。其の状態が理性を失って人間の感情が暴走する状態、自分を失った状態である。若い人の間での、いわゆる”きれた”と表現する状態である(T1)。

 情動は扁桃体で判断される。情動反応は思考反応と異なり、単純な神経反射である。その情動評価の材料になる情動の記憶は扁桃体の中に蓄えられているようだ。その情動の記憶をもたらした背景は海馬体に記憶されているようだ。扁桃体が情動反応を起こすとき、簡単な記憶を参照する場合には、扁桃体内にある記憶を用いる。複雑な内容の事柄を参照しなくてはならないときには、大脳皮質内に蓄えられた陳述記憶を用いることが分かっている。一般的には、情動刺激となる感覚刺激は大脳皮質の体感覚野で処理された後に扁桃体に入ってきて情動を生じる。しかし緊急時には感覚路の途中にある視床から、直接情報が扁桃体に入ってくる。この経路から入る情報は大ざっぱな情報のため、扁桃体で間違った情動反応を起こす、必要が無いのに恐怖を生じる原因となる事がある。情動の上での早とちりである。但し、この神経路は情動刺激が入ってきてからその反応を起こすための時間が短くなるという、個体が危険にさらされたときに、いち早く反応するための経路であろうと考えられている。日常何かで「はっ」とする時である(T1)。間違っていち早く間違った情動反応を起こしても、大人ではその後大脳皮質からの情報を得て、扁桃体内に起きている情動反応を止めることができるために、日常生活の上では問題がないようである。子供では大脳皮質から扁桃体内の情動反応を抑える能力が未熟なために、これが問題になることがしばしばある。特に子供の校内暴力などで、この神経回路が働いたために、思わぬ暴走をする事が見られている(T1)。

「パニックについて」

 情動刺激が人間に加わったとき、前頭葉での思考が動き始める前に、すでに情動は反応を始めていることが分かっている。そして情動反応が余りにも強いとき、情動は思考反応を完全に支配下においてしまう。其の際に思考反応は行なわれているが、情動反応の動くままに、情動反応に協力する形で反応し、はっきりとした人間としての思考の認識がなくなる。後から振り返っても、なぜそのような行動を取ったのか分からないと言うことになる。つまり、いくら優秀な記憶や知識を身につけていても、ひとたび情動が暴走すると、これらの記憶や知識に関係ない所で、情動のおもむくままに人間は行動をしてしまう。この際、人間としての知性の思考は全く停止している。一見動いているように見えても、それは情動に支配された大脳新皮質の反応である。この情動がおもむくままに行動を起こしたとき、其れが怒りや恐怖であったとき、パニック状態であると考えられる。ヒステリー、パニック障害、プッツン暴力はこの状態であろうと考えられる。子供や情動を調節する訓練を受けていない人はこれらの状態に陥りやすいと考えられる。

「成長の観点から」

 大人の心と子供の心の違いは、この観点から第一に考えるべきであろう。扁桃体の機能は三才ぐらいで成熟する。前頭葉を含めて大脳皮質の機能の成熟には思春期までかかる。つまり情動は早く大人と同じ機能になるのに対して、子供の思考は大人とは違っている、大人と同じ様な考え方は思春期ぐらいにならないとできないと言う意味になる。子供はたぶん子宮内から、生まれ落ちたときには、すでに共感と言う形で情動の学習を始めている(T2)。それは扁桃体の中には情動の記憶として記憶されて行く。しかし大脳が未熟なために陳述記憶には全く残らない。その情動記憶ともって生まれた遺伝的な性格とを併せて、親が子供の性格として感じるものの大半を占めているように思われる。また子供では未熟な大脳新皮質は、前頭葉は成熟した扁桃体に簡単に支配されてしうので、子供はすぐにパニック状態になり易い。

 成熟した前頭葉でも扁桃体の情動が動き出すことを止めることはできない。しかし大人では、発動した情動が続くことを抑えることはできる。つまり同一の感情が続く時間を短くすることはできる。それが人格に相当する。子供では前頭葉の発達が未熟なため、動きだした情動を止めることは大変にむずかしい。ほぼ不可能だと考えられる。見方を変えて述べるなら、子供は次から次と入って来る刺激に素直に反応していることになる。それらの反応は情動反応であるから、子供の行動の大半は情動行動そのものの連続である(P2)。それ故に子供の行動を子供の自主的な意思で、思考で変更しようとしても、それは大変にむずかしいことを意味する。その事実のために、大人は子供の行動を規制する目的で、恐怖という情動刺激を安易に使っている。それが子供の心を大変に傷つけている。

「ハリー・ハーロウの猿の実験からみた子供の心の構造の推測」

 ハーロウ猿の実験を見る限り、出生直後から乳児期にかけて、子供の存在を保証する大人との信頼関係が、子供の性格形成に大きな影響を与えると考えられる。5)もって生まれた遺伝的性格、それにつけ加えるようにして信頼する大人(ほとんどが母親)の情動反応を自分に移植して、自分で修正して、独立した個体としての情動反応のパターンを形成して行く。基本的な性格が形成されて行く。幼児期になると、子供は社会と関係を持ちはじめ、もっと複雑な刺激や問題に遭遇する。それが子供にとって辛いもの、危険なものの場合、子供は信頼する大人のもとでそれが解決するのを待つ。それが過ぎ去ると、子供は信頼する大人のもとを離れて、社会と接触し、新たな経験をする。この繰り返しで、子供は情動の学習を重ねて行き、性格を形成し続けると考えられる。

 猿の実験でも、信頼する大人のいない猿は、社会性の欠けた性格になる。情動が不安定で攻撃的になる。社会に対する不適応を起こす。子供が大人を信頼する条件としては、子供の肉体的、精神的安全と欲求を無条件で保証することだと思われる。

「思考と情動の表出」

 今までの心理学や精神医学では、思考も情動も脳全体を一つとみなして同じレベルで考えて、それらの表出から、心の内容を分析していた。たしかに思考も情動も運動神経を介して体表、体外に表出される。人の行動はその人の思考反応と情動反応を、両方表出している。それ故に人の行動を分析したのでは、それが思考反応なのか情動反応なのか区別をつけることはできない。しかし情動は運動神経を介して表情に、自律神経を介して自律神経の反応症状として体内にも表出される。それ故に表情や自律神経の反応症状に注目することにより、思考反応か情動反応かの区別をして考えることが可能になる。

 年齢が小さければ小さいほど大脳新皮質の機能は未熟である。そのために年齢が小さければ小さいほど、思考反応の度合は少なく、思考反応も情動反応の影響を強く受けて、思考反応の自立性は少なくなる(P2)。つまり多くの子供では、思考は情動反応に従属した思考反応であり情動反応の一部と考えても間違いとは言えない。日本の子供達を観察する限り、小中学生では自立した思考反応はほとんど期待できないと言えるのではないだろうか。高校生の思考反応でも、多くの部分が情動反応に支配されているように思われる。

「終わりに」

 脳の構造、機能、その成熟の時期と言うものを考えると、思考と情動とは分けて考える必要がある。特に情動は子供が自分の意志を示し始めたときにはすでに情動の基本的な物(性格)ができあがっている。少年期以後はいかにできあがってしまっている情動を修正し、社会に適応できるか、意識的に情動を調節できるようになれるかの問題が残っているだけだと考えられる。

 心豊かな人間を作るには乳幼児期の心の成長の過程、内容が大切であろう。しかしできあがった心の内容を、性格を一部分修正することは可能である。それよりも、自分の意志で自分の情動を管理する能力をつけることの方が易しいし、確実で、人間的にも豊かになれると感じられる。

文献
1) 伊藤正男他:岩波講座認知科学6、情動8思考。岩波書店,1996
2) J.E.LuDoux,八木欽治訳:情動・記憶と脳、特集脳と心の科学。日経サイエンス社,1998
3) 赤沼侃史:登校拒否の考え方。近代文芸社、東京、1997。
4) J.A.Gray,八木欽治訳:ストレスと脳。朝倉書店、1991
5)Hans Eysenck,田村浩訳:マインドウォッチング。新潮社,1995
Abstruct
How to understand the mind of children from the viewpoint of neurobiology
    
Tsuyosi Akanuma
    When we want to understand the mind of children, we should pay much attention on AMIGDALA. LuDoux et al have precisely studied it. If we consider the character of the new cortex of brain and amigdala, and the stage of their matuarity, we can understand the emotions and behaviors of children which are defferent from those of adult.

大人の思考(前頭葉)と情動(扁桃体)の表出

      思考(前頭葉の大脳皮質)−−→ 思考による行動と
           ↑   |↑          情動に支配された行動
           |    ||(思考が情動をコントロールする)
目−→視床−→感覚野 ||(情動が判断記憶に大きな影響を与える)
              ↓   ↓|
      情動( 扁 桃 体 )−−−−−−−→情動による行動

子供の思考(前頭葉)と情動(扁桃体)の表出

       思考(前頭葉の大脳皮質)−−→ 思考による行動は少ない
           ↑    ↑            情動に支配された行動
目−→視床−→感覚野 |(情動が判断記憶に大きな影響を与える)
           ↓    |
     情動( 扁 桃 体 )−−−−−−−→情動による行動

意識に上らない、または「はっ」とした時の情動(扁桃体)の表出

       思考(前頭葉の大脳皮質)−−→ 情動にだけに支配された行動
                 ↑
目−→視床−→感覚野 |(思考反応が動き出す前に)
     ↓           |
     情動( 扁 桃 体 ) −−−−−−→情動による行動

パニック時の思考(前頭葉)と情動(扁桃体)の表出

       思考(前頭葉の大脳皮質)−−→ 情動だけに支配された行動
               ↑   ↑
目−→視床−→感覚野 |(扁桃体が思考を支配する)
     ↓     ↓   |
     情動( 扁 桃 体 )−−−−−−−→情動による行動

子供の性格形成

1・新生児期 遺伝性の情動反応
この時期の遺伝性の情動反応は少ないと考えられる。多くは成長の過程で消失する。

2・乳幼児期
       情動移入

信頼する人を手本に情動反応に必要な物を自分の取り込み、情動反応に必要な神経回路を作る。扁桃体内にいろいろな表情に反応する神経細胞が見つかっている。

       共感の成立
作り上げた神経回路を使って、周囲の人に共感することにより情動反応を開始する。

       情動調律
周囲の人の情動反応から、自分の情動に生じた情動反応を修正する。

    
   行動模倣
生じた情動反応に対して、自分には他人の情動行動を当てはめ、他人には自分の情動を当てはめる。模倣することで他人の情動を実感できるようになる。自我が成立すると行動模倣はなくなる。

3・それ以降の情動学習
情動に関しては主体性を持って行動し、周囲の反応から情動を学習する

共感(emphathy)とは
他人の主観的な、または非主観的な情動経験を知覚して、それを自分自身の情動経験とすること。扁桃体での情動反応である。

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