雪だるまのマフラー

 きのうから降り出した雪は、今日になっても降り続いていました。雪まじりの冷たい風が吹く朝でした。今日の勇君は当番で、他の通学仲間より一足早く学校へ行かなければなりませんでした。

「いってきます。」

と大声でお母さんに言いました。ガラガラっと玄関の戸を開けると、冷たい風がヒューと勇君を捕らえました。勇君は体をこわばらせて、ギュ、ギュ、ギュ、と雪を踏みしめながら、門の方へ小走りに駆けて行きました。

 門の側には、勇君が昨日作った雪だるまが、頭に雪をいっぱい乗せて、寒そうに立っていました。それを見た勇君は立ち止まりました。

「やあ、ずいぶん雪をかぶっているなあ。寒いだろうなあ。」

勇君は手袋をした両手で、雪だるまの頭や肩に積もった雪を落としてやりました。雪を落とすと、雪だるまの顔がはっきりとしました。その顔は嬉しそうに笑っていました。落とした雪が勇君の手袋や衣服にも着きました。勇君はそれをはたき落とすと、雪だるまに手を振って、

「じゃあ、帰ってきてから又遊ぼうね。」

と言って、走って行こうとしました。

 その時、勇君は誰かに呼び止められました。「勇君、ちょっと待って。君こそ寒そうだよ。僕のマフラーをしていきたまえ。」

「え?誰?僕を読んだのはだあれ?」

勇君は立ち止まって、辺りをキョロキョロと見回しました。周りには誰も居ませんでした。「僕だよ。君の作った雪だるまだよ。」

「へー、君、しゃべれるの。」

「ああ、しゃべれるよ。しゃべれるけど、人間が聞けないだけなんだ。但し、勇君は別だけど。今日は寒いから、僕のマフラーをしていったらどうお。温かいよ。」

「ありがとう。だけど、そうしたら、君が寒いじゃあないか。」

「は、は、は。僕は雪でできているんだよ。寒くても平気なんさ。僕には手がないから、君で取っていきたまえ。」

「でも、雪のマフラーじゃあ、僕にはかえって冷たいよ。」

「まあいいから、してみてごらん。」

 勇君は雪だるまの首から、真っ白でふわふわのマフラーを取って、自分の首に巻いてみました。そのマフラーは軽くて温かで、とても気持ちの良いものでした。

「本当に借りてもいいの?」

「うん、今日は特に寒いから、気を付けてね。行ってらっしゃい。」

勇君は一度振り返ると、雪だるまに手を振って、雪をもろともせずに駆けて行きました。

 校門の側に寒さで震えながらうずくまっている三毛猫がいました。猫は勇君を見つけると、首を持ち上げて言いました。

「勇君、私は寒くて凍え死にそうです。どうかそのマフラーをくれませんか」

「このマフラー?いいよ。これ、雪だるまさんから貰ったんだ。軽くて暖かで、とても良いよ。そうだね、君、寒そうだから、これ、君にあげるよ。」

 勇君は自分の首からマフラーを取って、猫の首に巻いてやりました。猫は嬉しそうに、何回も勇君にお礼を言うと雪の上を駆けて、どこかへ行ってしましました。勇君は又寒さで首をすくめる様にして、駆け足で、校舎の中へ入って行きました。

 三毛猫は急いで家に帰りました。壊れたドアの隙間から家の中に入りました。狭い家の中には小さな女の子が炬燵に入って、テレビを見ていました。その側では女の子のお母さんが、一生懸命内職の仕事をしていました。三毛猫はその女の子のすぐ側に座ると、女の子の服の袖を引っ張りました。

「三保ちゃん、ただいま。今日はおみやげがあるの。」

三保ちゃんは袖を引っ張られたので、びっくりして

「三毛、昨日からどこに行ってたの。こんなに雪が降って寒いのに。どこかで凍え死んじゃったのかと思ったわ。お母さん、三毛が帰ってきたわ。」

と言うと嬉しそうに、三毛猫を抱え上げました。お母さんも仕事の手を休め、にこにこして、三毛猫を見つめて言いました。

「あーら、無事に帰ってきて、良かったわね。三保ちゃん、きっとお腹をすかしているわよ。三毛にご飯をあげてちょうだい。」

「お母さん、三毛、マフラーをしているよ。真っ白で、素敵なマフラー。このマフラー、どうしたのでしょう。」

「だから、おみやげがあると言ったでしょう。それがこのマフラー。」

三毛猫は少し不満そうな顔をして言いました。しかし、すぐ気を取り直して、言いました。「このマフラー、小学生の勇君と言う男の子から貰ったの。雪だるまさんから貰ったんですって。とても温かいのよ。これを三保ちゃんに上げようと思って急いで帰ってきたの。マフラー、してみてごらんなさい。」

三毛猫は自分の首からマフラーを取ると、三保ちゃんの首に巻いてやりました。

「ほんと。あったかーい。おかあさん、このマフラー、本当にあったかーい。こんなにあったかいと、炬燵に入らなくても、あったかいわ。三毛、本当にこれもらってもいいの?」

「三保ちゃんのために貰ってきたマフラーですもの、三保ちゃんに使って欲しいです。」三毛は、三保ちゃんが嬉しそうにしているのを見て、満足そうに自分の手で髭を撫でて言いました。お母さんも

「本当に真っ白で、素敵なマフラーね。ありがとうね、三毛。」

と言って、嬉しそうでした。

 三保ちゃんはマフラーをしたまま、三毛猫のご飯を用意しました。三毛猫は昨夜から何も食べていませんでした。お腹を大変すかしていましたから、すぐにご飯をガツガツと食べ始めました。

 その時、玄関のドアが開いて、しかめ面をした男の人が入ってきました。その男の人はお母さんを見つけると、への字にしていた口を開いて言いました。

「三村さん。まだお金は払えませんかなあ?もう一週間も、約束の日は過ぎたんですぞ。あんたを信じて、必ず返すと言う、あんたの言葉を信じて、金を貸したんですから、約束を守って貰わなくちゃあこまるんだがなあ。あんたの家には、貸した金の代わりになるものが何もないから、本当に困ってしまう。」

この男の人を見たお母さんは、急いで玄関の所に行くと、座ってお辞儀をしたまま、額を床につけたまま、言いました。

「申し訳ございません。予定していたお金が入らなかったものですから。今の仕事で明日お金が入ります。そうしたら、払いますのでもう一日待って下さい。お願いします。」

 三保ちゃんも三毛猫も、そのただならない様子にびっくりして、玄関の男とお母さんを見比べていました。その時男は、お母さんの言葉に返事をしないで、三保ちゃんの首に巻いたマフラーを見ていました。この男は高利貸しで、とても目利きの出来る人でした。男は三保ちゃんの首に巻かれたマフラーの価値を見抜いていたのでした。男はそのマフラーを欲しくなっていました。そのマフラーをどうにかして手に入れようと考えていました。

「お嬢さんのマフラーなかなかいいもんじゃあないか。あのマフラーを買えるぐらいなら、金を払って欲しいんだが。」

「あのマフラーは貰い物でございます。あの様に高価なものは、私達にはとても買えるものでは有りません。」

お母さんは慌てて答えました。

「うんん、そう、なかなかいいマフラーだ。そうだ、あのマフラーを貰っていこう。もう三日待ってやるから、その代わりあのマフラーを貰う。どうだい、悪くはないだろう、奥さん。」

男はいかにも優しそうに言いました。

「しかし、あれは娘のもので。どうかお許し下さいませ。明日には必ず、必ず払いますので。どうかお願い致します。」

お母さんは又額を床につけるようにして言いました。すると三保ちゃんの側で三毛猫が

「三保ちゃん、嫌だ、嫌だって言いなさい。そうするときっと良いことが起こります。」と言いました。ただしその声は、他の二人の大人には、普通の猫の「にゃーお、にゃーお」と言う鳴き声にしか聞こえませんでした。

「私、絶対に嫌。このマフラーは私の物、絶対に嫌よ。渡さない。」

三保ちゃんはだだをこねるように言いました。「あの様に娘も言っています。どうかそれだけは許して下さい。明日、明日にはお金をはらいますから。」

お母さんは必死で訴えました。

 男は苦笑いを浮かべて、暫く黙っていました。男は、三保ちゃんがしているマフラーは途方もなく高価な物だと値踏みしていました。それをただで巻き上げてやろうとして、失敗したのでした。そこで

「それじゃあ、借金をぼうびきしよう。それならいいだろう。ねえ、奥さん。どうだね。」と、今までとは態度を変えて言いました。それでも三保ちゃんはいやいやをしてふくれっつらをしていました。側で三毛猫が「にゃーお、なやーお」と鳴きました。今度は

「お母さんのために、マフラーをあげちゃいなさい。」

と言っていました。

 三保ちゃんの嫌だという仕草を見た男は

「あと、一万円出すから、これでお嬢さんにおいしいものでも買って上げなさい。それならいいでしょう。」

と言って、証文と一万円札をお母さんの前に置きました。それを見た三保ちゃんは、三毛猫の言葉に従って、マフラーをお母さんに渡しました。お母さんが心配そうに言いました。

「三保ちゃん、本当にいいの?」

「ううん。それでお母さんが助かるのなら、いいよ。」

三保ちゃんはうなずきながら言いました。男はお母さんから真っ白で、ふわふわして、温かそうなマフラーを受け取ると、さっさと帰って行ってしまいました。男の残して行ったお金で三保ちゃんとお母さんと三毛猫は、その日はおいしいものを食べて、楽しく楽しく過ごしました。

 男は自分の店に帰ると、早速高い金額の値札を付けて、一番目だつところのショウウィンドウにこのマフラーを飾りました。店の中で、このマフラーは輝くばかりの白さでした。この店に来たお客さんは、このマフラーを見て口々に

「素晴らしいわ。欲しいわ。このマフラーをしてみたいわ。」

と言って、買い求めがりましたが、余りに値段が高いため、買わないで帰るだけでした。男はこのマフラーで大儲けをしようと考えていたのでした。

 それから何日かたったある日の事でした。店の人が、あの真っ白でふわふわした、マフラーがショーウィンドウの中から無くなっているのに気づきました。店の中は大騒動に成りました。おまわりさんも呼ばれました。ありとあらゆる者が、場所が、調べられました。しかし、店の中も荒された様子はありませんでしたし、ショウウィンドウも壊されたり、鍵が壊されたりした跡も有りませんでした。ただ、ショウウィンドウの床が濡れていただけでした。きっと解けて、水になったのでしょう。

 

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