梅の花
須藤透留
 皆さんは梅の花を見たことがあるでしょう。ではその花に住む梅の精を見たことがありますか?きっと無いと思います。ところが千佳ちゃんは梅の精を見たのです。今日は千佳ちゃんが見た梅の精について、お話をしてみたいと思います。

 千佳ちゃんの家の庭には古い梅の木があります。毎年二月頃になると、少し桃色がかった白い花を梅の木全体につけていました。今年も梅の花が満開になったところで、強い寒波がやってきました。夜中強い風と雪が吹き荒れました。朝になったら嵐は納まって、梅の木の枝にたくさんの雪が積もっていました。昨夜の嵐とはうってかわった真っ青な空から明るい太陽の光が、千佳ちゃんの家の庭を照らしていました。地面に5センチばかり積もった雪を踏みしめて、千佳ちゃんは学校に行きました。
 千佳ちゃんは昼過ぎに学校から帰ってきました。友達と遊ぶ約束の時間まで未だあったので、千佳ちゃんはテレビに向かってゲームをしていました。すると庭から聞き慣れない声が聞こえてきたのでした。ゲームを止めて千佳ちゃんが庭を覗いてみたけれど、誰もいませんでした。梅の枝に積もった雪は大半が解けて無くなっていました。その枝にめじろが一羽止まって、梅の花をつついていました。それも誰かと話しながら、梅の花をつついていたのです。
 千佳ちゃんが目を凝らして見ていると、めじろがつっついている花の中央に小さな虫のような物がいて、めじろはその虫と話しているようでした。めじろは別の枝に移って、別の梅の花を突っつき始めました。そこにも小さな虫のような物がいて、めじろはその虫のような物と話し始めていました。千佳ちゃんはその虫のような物が何か気になって、玄関から赤い長靴を履いて、未だ解けきっていない雪を踏みしめて、梅の木の側まで行ってみました。けれどそのときにはもう、めじろもいなければ、小さな虫のような物も居ませんでした。
 千佳ちゃんはかったっぱしから、梅の花を調べてみました。けれどどこにもあの虫のような物はいませんでした。千佳ちゃんが梅の花を調べていると、一匹のミツバチが飛んできました。するど今まで調べたはずの梅の花から小さな虫のような物が現れて、しきりとミツバチを呼んだのです。それは小さな薄いピンク色をした着物を着て、髪を長く伸ばした、人間の形をしていました。千佳ちゃんは以前おばあちゃんから聞いた、梅の花の精だと思いました。梅の精はしきりとミツバチに向かって「こっち、こっちにおいで。こっちから蜜をあげるから。」
と叫んでいました。ミツバチも
「分かった、分かった、そんなに大きな声を上げなくても分かるから」
と言って、梅の精がいる花に飛んできて、蜜を吸い始めました。すると梅の精はミツバチの足に着いている花粉を梅の花のめしべに塗りつけると、いなくなってしまいました。
 すぐ近くの梅の花から、
「こっち、こっちにおいで。こっちから蜜をあげるから。」
と又同じような声が聞こえました。ミツバチは
「分かった、今そっちに行くから。」
と言って、梅の精がいる梅の花に移って蜜を吸い始めました。すると梅の精はミツバチの足に着いている花粉を梅の花のめしべにつけて、又いなくなりました。
 このようにして、梅の精はいくつもの梅の花にミツバチを誘って、ミツバチに蜜を飲ませると同時に、ミツバチが足につけている花粉を梅の花のめしべにつけていました。やがてミツバチが蜜でお腹いっぱいになると、いくら梅の精が呼んでも、ミツバチは知らん顔をして、どこかへ飛んでいってしまいました。
 千佳ちゃんはミツバチに向かって叫んでいる梅の精に声を掛けてしました。
「私は千佳。この家の子ども。あんたはいったい何なの?おばあちゃんが言っていた梅の精なの?」
ミツバチが飛んでいってしまうと、梅の精は千佳ちゃんに向かって言いました。
「あら、千佳ちゃん。こんにちわ。私はね、この梅の木の精、今はミツバチさんに花粉を運んで貰うために忙しいの。ミツバチさんの花粉が花のめしべにつくと、実がなるのよ。」
「それで大声を上げて、ミツバチさんを呼んでいたのね。それでも、私はあんたを見るのは初めて。いつもはどこにいるの?」
「私はこの梅の木の中にいるのよ。梅の花が咲いているとき以外は、たいてい木の中で眠っているの。でも、今は花が咲いているでしょう。だからミツバチさんを呼ぶので忙しいの。」
と言ってる最中に5、6匹のミツバチが飛んできました。梅の精は次から次へと梅の花に現れて、ミツバチを呼び込んで、ミツバチの足についている花粉を花のめしべにつけていました。千佳ちゃんは不思議そうに、その梅の精のすることを見ていました。
 夕飯を食べながら、千佳ちゃんはお母さんに今日見た梅の精の話をしました。お母さんはにこにこして、
「それは良かったね。お母様は未だその梅の精を見ていないけれど、千佳ちゃんは見てお話をしたのね。それはよい経験をしたね。明日お母さんも、梅の精を見てみたいわ。」
と言いました。
 翌日も良い天気でした。千佳ちゃんは学校から帰ると、お母さんと一緒に、急いで梅の花を見に行きました。梅の花には何匹ものミツバチが飛んできていましたが、梅の精はいませんでした。千佳ちゃんは
「おーい、梅の精さん!、梅の精さ〜ん!」
と何回も呼んでみましたが、いくら呼んでも梅の精は現れませんでした。
「お母さん、梅の精がいないね。どうしたんだろう。」
「きっと梅の精さんのお仕事が終わったから、梅の木の中で眠っているのよ。」
お母様はがっかりしている千佳ちゃんの頭をなでながら言いました。
「きっとそうね。梅の精さん、お仕事を終えて、もう木の中で眠っているのね。」
千佳ちゃんはそう言うと、元気を取り戻して、お母さんと手をつないで家の中に入っていきました。

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