M38特別宇宙船   須藤 透留
 
 僕は今、特別宇宙船に乗ってM38星へと向かっている。座席はほぼ一杯なのに、船内はシ−ンと静まりかえって異様なくらいだ。僕も黙って窓から見える、ある小さな星をじっと見つめていたの。だってここからは見えないけれど、その星の傍に僕の住んでいた地球があるはずなんだもの。こうやって地球の方角を見ていると、地球に居た時の事がいろいろと思い出されて来るよ。
 僕Xは中学生だったけれど、学校には行きたくなかったんだ。でも父さんは
「根性無し」
と言って僕を殴ったし、母さんは
「近所の人に恥ずかしい」
と言って、泣いたり僕にお説教したりしたものから、僕は家に居るのが大変辛くて、仕方なく学校に行っていたんだ。朝起きるとお腹がキリキリと痛んだし、学校に行ったら行ったで僕の机や椅子にいたずらがしてあった。授業中でも後から消しゴムや鉛筆が飛んできた。うっかり声を立ててしまったなら、先生が僕のことをにらみつけたよ。こういう時は廊下に立たされた方が増しだったんだ。その時間内にはそれ以上いたずらをされることはなかったからね。
 昼休みは地獄だったよ。健雄達のグル−プのやつらに校庭の隅に連れて行かれ、いろいろと芸をさせられたんだ。拒否するとこずかれたり蹴られたりされたから、芸をせざるを得なかったんだ。その僕を見て健雄達はゲラゲラ笑ったんだ。とても悔しくて悲しかったよ。しかし誰も助けてはくれないんだ。皆見て見ぬ振りをしているんだからね。先生にこの事を言おうものなら、その後もっともっとひどい目に合わされるから、ただ耐えるしかなかったんだよ。この前なんか、持って行った授業料を彼らに取られてしまったの。しかたがないから母さんの財布からお金を盗んだのがバレてしまい、父さんにさんざん殴られたよ。その後両親が学校に談判に行ったけれど、結局僕が授業料をどこかに落としたから、盗みをしたとの結論になってしまった。僕は悔しくて悔しくてしょうがなかったんだ。 それ以後僕は誰も信じなくなったんだ。一応学校には行っていたけれど、どうしたら楽になれるかという事ばかり考えていたんだ。
 或日、僕は授業料を持っていたので、そのお金で電車の切符を買ったんだ。この春の校外授業で歩いた道を歩いていたら、或考えを思いついたんだ。その考えを実行するのは簡単だったし、心残りもなかったよ。これから楽に成れると思うと心がわくわくしたぐらいだった。そして気付いたらこの宇宙船に乗っていたんだ。
 
 隣の叔父さんは椅子を倒して軽く寝息をたてていた。この人は癌を患っていたんだってさ。残してきた奥さんと子供の事をとても気づかっていたっけ。その割にはとても落ち着いている。そう言えば僕だって心がとても安まっている。あの嫌な地球を抜け出せたせいだけではないように思うよ。この宇宙船の中には、どういう訳だか解らないけれど何かほっとできるものがあるんだ。
 隣のおじさんが教えてくれたんだけれど、これから僕達の記憶は段々消えて行くんだって。僕達の体もだんだん小さくなっていって、M38星に着く頃には赤ちゃんに迄もどるんだそうだ。でも何の赤ちゃんになるかは全く解らないそうだ。そう言えばこの宇宙船の中には、象、ライオン、犬、猫等色々な動物が皆おとなしく乗っている。これらの動物もだんだん小さくなって赤ちゃんになるんだそうだ。僕達人間もこれらの動物も、何の赤ちゃんになるのか全く解らないそうだ。
 僕は何になるのかなあ。もう人間は後免だよ。でも牛や豚じゃ嫌だなあ。犬や猫でも嬉しくないよ。そうだ、ジャングルに住む動物がいい。何にもじゃまされずに一人静かに住む動物がいい。毎日気楽に遊んでいられるのがいい。でもジャングルの中にも虎などの怖い猛獣がいるし。何がいいかなあ。フアミコンができるから、やっぱし人間がいいのかなあ。ファミコンをしていた時は楽しかったなあ。嫌な事、みんな忘れていられたから、一日中ファミコンができたらよかったのに。母さんたら
「ファミコンばかりしてないで、少しは勉強しなさい」
て言うんだ。勉強できるぐらいならファミコンばかりなんかしてないよ。
 こんな事を思い出すと、いつでも僕はイライラしてきたものだけど、今は楽に思い出せたよ。でもだんだん頭の中がボーとしてきて、霞がかかってきたみたいだ。意識がだんだん遠のいて行くようだ。もうまもなく僕の体もだんだん小さくなって赤ちゃんになるのだろう。どうか、M38星では生きてて良かったと思うような生活ができますように。
 
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