天狗の鼻はなぜ高い

 昔、ある国に、天童狗吉という男が住んでいた。この男は背の高い、がっしりとした、体型の男だった。それ以上に目だったのは、その高い高い鼻と大きな目であった。そのため、狗吉は幼い頃から、みんなにいじめられた。兄弟からもいじめられた。最後には親からも見放された。家を追い出されたのだ。

 家を追い出された狗吉は、村の中にいることができなかった。村の中を歩いていると、村人達が狗吉に石を投げたり、棒を振り回して、追いかけた。それはまるで、悪霊を追い払うようなやり方だった。しかたがないので、狗吉は村から森の奥へ、奥へと、山の奥まで逃げて行った。ここまで逃げると、もう人には会うことはなかった。静まり返った空気を時折り揺るがすのは、鳥の鳴き声だけだった。 狗吉は寂しかった。しかし、親兄弟や、村人のことを思い出すと、無性に腹が立った。腹が立つと、太い枯れ枝で棒を作り、あたりかまわず、そこらにあるものを力いっぱい叩いてまわった。そこら中の物が村人に見えたのだ。息が切れて、叩き疲れると、狗吉は倒れるように、地面の上に横になった。寂しさと、劣等感とが潮のように押し寄せた。

「そうだ。復讐だ。復讐をしてやろう。」

狗吉は強く心に誓った。

「村人に復讐するためには、まず強くならなくてはならない。」

と、狗吉は考えた。そこで自分一人で体を鍛え、武術の修行を行なった。

 お日様が登る前から、沈んだ後まで、狗吉の修行は続いた。破れてぼろぼろになった着物をまとい、ぼうぼうの髪の毛と髭をして、野山を走り回り、棒剣を振り回し、滝に打たれて心を鎮め、その姿は鬼のようになっていった。無敵の剣士に育って行った。毎日、毎日、晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も、狗吉は一日たりとも、修行を休むことはなかった。

 この様子をずっと見ていたのは神様だった。初めの内、神様は狗吉の可愛そうな人生を哀れんでいた。狗吉が自分の力で力強く生きているのを見て喜んでいた。しかし狗吉が余りに強くなってしまったことを、神様は心配し出した。狗吉が村へ降りて行って、村人に復讐を始めると、大変なことになるからだ。そこで神様は、狗吉の前に現われて取引をする事に決めた。

「狗吉や、お前が親兄弟や村人村人に復讐したい気持ちは良くわかる。しかし、村人を傷つけたところで、狗吉の過去が取り返せるわけでもないし、かえって辛い思い出が加わるだけだ。どうだ、復讐の代わりに、狗吉の能力を発揮できるような事をしてみないか?」

「神様、私の能力を発揮できるような事とは?」

「狗吉に国中の山々を守る仕事をしてもらいたい。そして、狗吉に千年の命を与えよう。」

 狗吉はしばらくの間、考えていた。そして答えて言った。

「神様、確かに、親兄弟や村人に復讐をする事は、一時の自己満足しかすぎません。この私の十余年にわたる苦しい修行が、一時の自己満足だけのためなら、それはむなしすぎます。私の力が神様のお役に立つのなら、喜んでその役をいたしましょう。」

神様はたいへん喜んで言った。

「それでこそ、狗吉だ。すばらしい。それではお前に、国中の山を守る特命を与える。お前は私自身だと思って、仕事に励むように。こんご、天童狗吉は天狗と名乗るように。そして、仕事をするのに必要な、これらの白い衣服、高下駄、烏帽子、空を飛ぶためのうちわを与えよう。」

 こうして天童狗吉は天狗となり、山奥にだけ住むこととなった。絶えず体を鍛え、武術の修行を繰り返し、心を清めて、山々を守る仕事を続けていた。山を荒す者と戦い、緑を守り、獣を守り、山で道に迷ったり、病気になった人を助けた。

 天狗は千年の命を神様からもらっている。だからまだ数百年は生きるはずである。今も昔ながらの着物をきて、どこかの山奥で、人目を避けて仕事をしていはずだ。ただし、最近の人間はずる賢くなっているので、人間の前には姿を現わさない、と言われている。

 

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