チャコちゃんの妹

 チャコちゃんは十才の女の子です。お父さんもお母さんもとても優しいけれど、チャコちゃんは何か物たらなさを感じていました。それはチャコちゃんが一人っ子だったからでした。チャコちゃんはいつも

「妹がいるといいな。」

と思っていました。

 ある朝起きてみると、枕のそばに紙切れが一枚ありました。それには

「私、マサミ。あなたの妹。まだ赤ちゃんだけど、よろしくね。チャコちゃんがこの夏休みに行った、那須高原で待っている。必ず迎えに来てね。」

と書いてありました。そしてチャコちゃんが読み終えるとすぐに、その紙切れはただの茶色の枯れた柏の葉になってしまいました。

 チャコちゃんはびっくりしました。チャコちゃんは夢を見たのだと思いました。しかし手元には柏のちゃんと枯葉がありました。手紙の内容は強くチャコちゃんの記憶に焼き付いていました。そのためチャコちゃんは

「どうしよう。どうしたらよいかしら。」

と、考えました悩みました。お父さん、お母さんに話しても、きっと信じてもらえないと思いました。友達に話しても、笑われるだけだと思いました。そこでチャコちゃんは、本当の理由を隠して、もう一度那須高原に連れて行ってくれるように、お父さん、お母さんに頼んでみました。

 お父さんの都合がついたので、チャコちゃんの春休みに、那須高原に出かけました。夏来たときと同じペンションに着くと、チャコちゃんは何かが起こるのではないかと期待していました。しかし、その日は何事もなく暮れてしまいました。

 翌朝、お父さんが

「今日は牧場へ行こう。」

と言いました。チャコちゃんは行ったことのない牧場では、赤ちゃんに会えないような気がしました。

「夏、歩いたところへ行こう、ねえ、あそこへいこうよ。」

チャコちゃんは、つい何気なく言ってしまいました。

「え、チャコは遊園地や牧場より、自然が好きなのか。なかなか、たいしたもんだ。」

お父さんがおどろいて言いました。

 だだっぴろい那須高原の雑木林を抜けると、その先は草原になっていました。枯草は昨年のうちにきれいに刈られて、見通しは遠くまでききました。お父さんとお母さんとが前を歩いていました。その後からチャコちゃんが周囲に注意を払いながら、ついて行きました。そのチャコちゃんの様子が、まるで自然を探索しているように、お父さんとお母さんには思えました。お父さんがときどき振り返って、

「何か珍しいものがみつかったかい?」

と尋ねました。チャコちゃんは

「ううん、まだ。」

と答えるだけでした。

 チャコちゃんが地面の上に茶色な物を見つけました。チャコちゃんはその茶色な物に引きつけられました。チャコちゃんが近づいて見ていると、お父さんもすぐにやってきました。

「おや、おや。よく見つけたねえ。これは座禅草の花だよ。よく見てご覧。ほら、祠の中で人が座禅をしているみたいだろう。」

とお父さんが言いました。チャコちゃんは

「毛布に包まれた、赤ちゃんみたい。」

と言いました。

 チャコちゃんがそう言い終わったとき、座禅草の花はだんだん大きくなって、おくるみに包まれたかわいい赤ちゃんになりました。

「わあ、マサミだ。マサミだ。本当にマサミが来たんだ。」

チャコちゃんが大声をあげました。チャコちゃんは赤ちゃんを抱き上げて、頬ずりをしていました。お父さんはびっくりして

「なんだ、こりゃあ。どうしたんだ。チャコ、どういう訳なんだ。」

と言いました。そこでチャコちゃんはお父さんお母さんに、マサミからの手紙の話をしました。その話を聞いて、お父さん、お母さんはまたびっくりしました。

「きっと神様がこの赤ちゃんを私たちに授けたのだわ。私たちで育てましょうよ。」

お母さんがチャコちゃんから赤ちゃんを受け取って言いました。お父さんも

「そうだなあ、そうしよう。」

と言いました。チャコちゃんはうれしくてたまりません。

「わーい、わーい。私に妹ができた。」

と言って、赤ちゃんを抱いているお母さんの回りを、跳ねて回りました。

 チャコちゃんとマサミちゃんの姉妹はとても仲良しでした。しかしマサミちゃんが大きくなってからも、チャコちゃん達はマサミちゃんの生まれた由来について、何事も話そうとはしませんでした。

 

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