盗まれた客船”根室丸”   須藤 透留
 
 徳蔵君は乗り物を見たり、絵を描いたり、模型を作ったりする事が大好きでした。当時、電車、都電、バスが主な乗り物でしたが、徳蔵君はそれ以外に、大きな船に大変興味を持っていました。と言いますのは、先日お父さんに連れられて、徳蔵君は交通博物館に行って来ました。その際に見た精巧な船の模型に強い印象を受けたからです。徳蔵君はいろいろな本の中から船の写真を集めてきました。そして暇なときには、その船の絵を描いたり、小刀で板を削って、簡単な船を造ったりして楽しんでいました。
 今年の夏休み帳の中に、ボール紙で作る船の工作がありました。見取り図や、展開図が描いて有りましたから、これらの図に併せて正確に作ればできることになっていたのですが、徳蔵君に限らず、小学生にとっては結構根気がいり、難しい工作だったのです。徳蔵君はこの船を作るかどうか迷っていました。自分一人で作れる自信がなかったためです。
 徳蔵君の向かいの家に富雄君が住んでいました。富雄君は徳蔵君より一学年下でしたが、放課後には二人でよくチャンバラごっこをして遊ぶ友達でした。その富雄君がかっこいい軍艦の模型を徳蔵君に見せたので、対抗上、このボール紙の船を作ることを決心しました。そればかりではありません。徳蔵君は見取り図に書いてないマストや無線ケーブルもつけてみたいと思いました。きれいに色も塗ってみたいと思いました。徳蔵君は断固この船を作ることにしました。
 材料は文房具店から買ってきました。早速ボール紙に線を引いて船体と客室を作ってみました。なかなか満足のいく形にはできません。べそをかきかき何回か作り直して、やっとボール紙の船ができました。次に白い紙を上から貼り付けて、色を塗ったとき、きれいな仕上がりになるようにしました。それに割り箸を削ってマストをつけ、糸を張ってケーブルにしました。その上から水彩絵の具で白や黒や赤の色を塗り、窓も書いて、客船根室丸は完成しました。そこには徳蔵君の努力と工夫の跡がありありと現れていました。
 徳蔵君はこれだけでは満足しませんでした。この船を何とかして池に浮かべてみたいと言う欲求がありましたから、その為にはどうしたらよいか考え続けました。その結果思いついたのは、ローソクの蝋を溶かして船に塗るというものでした。
 根室丸の完成まで、約一週間かかりました。徳蔵君は満足感に浸っていました。根室丸を池に浮かべると、池の鯉が不思議そうに寄ってきました。根室丸を棚に飾ると、提出日が楽しみになりました。
 夏休みが終わり、二学期の最初の日、徳蔵君は根室丸を風呂敷に包んで大切に手に持って学校に行きました。授業が始まるまでの間机の中にしまって、校庭に出て、久しぶりに会った友達と遊びました。ベルが鳴って教室に入り、机の中を見てみると根室丸がありません。
「え!そんな!僕はこの中に入れておいたのに!」
 徳蔵君は必死で机の周りや、教室の中を探しました。先生が来られるまで未だ時間があります。徳蔵君は昇降口から通学路の方まで探してみました。しかし根室丸の入った風呂敷はどこにも見つかりませんでした。
 徳蔵君は泣きたい思いでした。
「未だ誰にも見せていないのだから盗もうとする人もいないはず。」
こう思うと、周りの同級生にも徳蔵君の船のことを切り出すわけにはいきません。家から学校までの道のことを考え続けました。
「果たして僕は工作を家から学校へ持って出たんだろうか?」
こう自分を疑うと、家に置き忘れてきたようにも思われてきました。
「家に帰ってもう一度良く探してみよう。」
と一応の結論を出して、学校での根室丸の捜索は打ち切ることにしました。
 先生が来られて、夏休みの宿題を提出する時も、工作の宿題を出すことがでずに、徳蔵君は大変悔しい思いをしました。
 学校が終わると徳蔵君は大急ぎで家に帰りもう一度良く探してみましたが、根室丸はどこにもありませんでした。お母さんに相談しましたが、
「荷物がたくさんあったから、途中で落としたのじゃあないの。」
と相手にしてもらえません。徳蔵君は悔しくて、悔しくてたまりません。もう一度船を作ることにしました。
 前と同じようにボール紙を切って船体を作りました。その上から白い紙を貼り付けることも前と同じでした。しかしここまで来たとき、徳蔵君はむなしくなり、つまらなくなって、作るのをやめてしまいました。
 徳蔵君はとても疲れていました。
 
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