菜の花の王女
茶子ちゃんは終業式を終えて家に帰りました。自分の部屋で普段着に着変えて居間に行くと、お母さんが
「茶子ちゃん、お手紙が来ているわよ。」
と言って、一通の手紙を渡してくれました。茶子ちゃんは手紙を受け取ると、差出人を見てみました。差出人は、菜の花の王女となっていました。
茶子ちゃんは封を開いて、手紙を読みました。
「茶子様へ
私は田舎のおじさんの菜の花畑に咲く菜の花の王女です。私は四月の中ごろには枯れて死んでしまいます。それまでに茶子様とお会いして、お願いしたいことがあります。ぜひ来てください。 菜の花の王女より」
と書いてありました。
茶子ちゃんは、春休みや、夏休みに、おじさんの家に行ったことがありました。広い菜の花畑があり、菜種油を作っていることも知っていました。茶子ちゃんはおじさんの家に行って、菜の花の王女に会ってみたいと思いました。
「お母さん、おじさんの家に行ってもいい?」
「茶子ちゃん、どうしたの急に?」
そこで茶子ちゃんはお母さんに手紙を見せました。
「菜の花の王女て、なんだろうねえ?」
お母さんは心配そうに言いました。
「きっと、おじさんが作っている菜の花の中でいちばん美しい花のことでしょう?ねえ、おかあさん、行ってもいい?もう私一人でも行けるから。」
翌日の朝、茶子ちゃんは電車に乗って、田舎のおじさんの家へ出かけました。おじさんの家に着くと、茶子ちゃんはさっそく菜の花畑に行ってみました。おばさんが、心配だからと言って、茶子ちゃんについて来てくれました。広い菜の花畑をおばさんと一緒にくまなく歩きました。しかしどの菜の花もみんな普通の菜の花で、菜の花の王女と思われる花は有りませんでした。
「やっぱり、いたずらじゃあないの?ちゃこちゃん。」
おばさんが首を左右に振りながら言いました。しかし、茶子ちゃんはきっと菜の花の王女はいると思いました。
翌朝朝ご飯が終わるとすぐに、茶子ちゃんは一人で菜の花畑に出かけました。柔らかい春の日を浴びて、朝露に濡れた黄色い菜の花の花の海がそっと波打っていました。すでに蜜蜂がたくさん、忙しそうに密を集めていました。白いチョウチョが、のんきに踊っていました。茶子ちゃんは、菜の花をかき分けて畑の中に入って行きました。
ただ菜の花畑の中を歩いているだけでは、菜の花の王女の居所はわかりそうにも有りませんでした。そこで茶子ちゃんは思い切って菜の花に、菜の花の王女の居場所を聞いてみました。
「菜の花の王女はこの畑の中央部にいるはずよ。もっと中に入って、聞いてご覧なさい。」と親切に教えてくれました。
茶子ちゃんが畑の中央部に行くと、
「茶子ちゃあん、茶子ちゃあん。こっち、こっち。こっちよ。」
と呼ぶ、細い声が聞こえました。茶子ちゃんがその声の方に気をつけて近づいて行くと、一本の菜の花に腰掛けた、蜜蜂ぐらいの大きさの、真黄色な、美しい着物を着た王女様を見つけることができました。
「あなたが手紙をくれた、菜の花の王女様?」茶子ちゃんは菜の花の王女をのぞき込むようにして言いました。
「そうよ、茶子ちゃん。私を訪ねてきて、本当にありがとう。どうしても茶子ちゃんに会いたかったの。」
菜の花の王女は嬉しそうに言いました。
「茶子ちゃんにお願いと言うのは、小さな鉢に菜の花を育てて欲しいの。その菜の花の花が咲いたら、私をその花に移して欲しいの。」そう言うと、菜の花の王女は茶子ちゃんに小さな種を一粒手渡しました。
茶子ちゃんは急いでおじさんの家に帰ると、小さな植木鉢をもらって、その小さな種を植えました。種を植えるとまもなくして、菜の花の芽が出てきました。その菜の花は翌日には花を咲かせました。茶子ちゃんはその鉢植えの菜の花を持って菜の花の王女の所へ行きました。菜の花の王女はたいへん喜んで
「茶子ちゃん、ありがとう。私は茶子ちゃんの菜の花に移ります。茶子ちゃんの菜の花は枯れないので、私はずっと茶子ちゃんと生きて行けます。茶子ちゃん、お花の面倒をおねがいしますね。」
と言うと茶子ちゃんの持っている菜の花に移り、花の中に隠れてしまいました。
茶子ちゃんは誰にも気づかれないで、菜の花の王女と友達になり、仲良く暮らしました。