菜の花姫

 春になりました。畑には一面に、菜の花が咲きました。その菜の花の内で、ひときわ美しく咲いた菜の花がありました。それが菜の花姫の菜の花です。

 菜の花姫は自分の美しさを、誰かに伝えたくて、じっとしておれません。蜜蜂が飛んでくると、

「さあ、蜜蜂さん、たんとおいしい密を召し上がれ。どうお、私は美しいでしょう。ここに咲いている花の中で、いちばん美しいでしょう。」

と言いました。すると蜜蜂は

「ええ、私が見てきた菜の花の内で、あなたがいちばん美しいですわ。」

と答えました。

 チョウチョが飛んで来ました。菜の花姫はチョウチョに言いました。

「チョウチョさん、たんとおいしい密を召し上がれ。どうお。私は美しいでしょう。ここに咲いている花の中で、私がいちばん美しいでしょう。」

と言いました。するとチョウチョは

「そうです。あなたがいちばん美しいですね。あなたほど美しい菜の花を、私は見たことがありません。」

と答えました。

 みんながこんなにほめてくれるので、菜の花姫は有頂天になっていました。そこでぼつぼつ御嫁にいこうと考えました。

「私はこんなに美しいのだから、美しい内に御嫁にいきたいわ。誰でも美しい私を、必ず御嫁さんにしてくれるはずだわ。きっと必ず御嫁さんにしてくれる。御嫁さんにしてくれないはずがないわ。でも、そこらの花なんかじゃあいやだわ。私の相手は、世界中でいちばんすばらしい人じゃあなくちゃあ。」

 そこで菜の花姫は青空に輝く太陽に恋をしました。そこで太陽に向かって、話しかけました。

「太陽さん、あなたは素晴らしいです。私はあなたのような、世界を支配しているかたの、御嫁さんになりたいのです。どうか私をあなたの御嫁さんにしてください。」

すると太陽が答えました。

「菜の花さん、ありがとう。ほんとうにあなたは美しい。しかし、私はお嫁さんをもらうには、まだまだ若すぎます。私がお嫁さんをもらうのは、あと一万年も十万年も先の話です。その時まで待ってください。」

菜の花姫はがっかりしました。菜の花姫はあと一万年も、十万年も生きられないことをよく知っていました。 

 そこで今度は青空に浮かぶ雲に、菜の花姫は恋をしました。大空を旅している真っ白な雲は、自分のお婿さんにはぴったりだと考えました。

「雲さん、あなたは世界中を旅して、いろいろなことを見ききしておられる偉い方です。私はあなたのような偉い方のお嫁さんになりたいです。どうか私をあなたのお嫁さんにしてください。」

と、菜の花姫は雲に向かって言いました。すると雲が答えて言いました。

「菜の花さん、ありがとう。ほんとうにあなたは美しい。私が見てきた花の中でいちばん美しいです。しかし、私はあなたをお嫁さんにはできません。だって、私がいつここに帰ってこられるのか、全くわかりません。一年後かも知れません。十年後かもしれません。その間、菜の花さんをずっと待たせておくわけにはいかないでしょう。」

菜の花姫はがっかりしました。

 夜になりました。空に満月がこうこうと輝いていました。菜の花姫は満月の美しさに引かれて、恋をしました。

「満月さん、あなたはとってもハンサムです。私はあなたのような方のお嫁さんになりたいです。どうか私をあなたのお嫁さんにしてください。」

と菜の花姫は言いました。すると満月は答えました。

「菜の花さん、ありがとう。あなたのような美しい方から、そのように言ってもらえて、とても幸せです。けれど、私はこれからどんどん小さくなって、そのうちになくなってしまいます。そんな私のところにお嫁さんにきても、あなたを悲しませるだけです。ごめんなさいね、菜の花さん。」

菜の花姫はがっかりしました。

 夜空にきらきら輝く明るい星がでてきました。菜の花姫はその美しさに心をとられて、恋をしてしまいました。

「お星様。あなたの冷たくて鋭い光が私の心をいぬいてしまいました。私はあなたに夢中です。どうか私をあなたのお嫁さんにしてください。」

「菜の花さん、ありがとう。あなたは本当に美しい。でもね、私はあなたから遠くはなれたところにいます。菜の花さんが私のところにくるまでに、何十年もなん百年もかかってしまいます。それでは菜の花さんはこまるでしょう。」

 菜の花姫は結婚を断わられて、泣き続けました。自分の不幸を嘆いていました。そんな折り、てんとう虫がやってきて、菜の花姫の耳元でささやきました。

「菜の花姫さん、そんなに高望みをしないで、あなたの回りの菜の花さんたちを見てごらんなさい。みんなあなたと結婚したいと、希望をしています。特に向こうの菜の花さんは、菜の花姫さんとのおつきあいをしたくて、このように手紙を書いてくれています。」

菜の花姫はその手紙をよこした菜の花の方を見てみました。そう思って見ると、なかなかハンサムな菜の花でした。手紙にも、熱烈な菜の花姫への愛の告白が書いてありました。

「菜の花姫さま

菜の花姫様はとても美しい。太陽よりも、雲よりも、月よりも、星よりも美しい。そんな美しい菜の花姫と私は結婚をしたい。私は菜の花姫様のお姿を見るとじっとしておれない。

菜の花姫は手紙をくれた菜の花とおつきあいを始めました。そしてすぐに結婚をして、元気のよい菜の花の種をたくさん作りました。

 

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