交通事故   須藤 透留
 
 今日は週間漫画の発売日だ。僕はお気に入りの漫画を早く読みたかった。学校が終わると寄り道もしないで大急ぎで家に帰った。僕の小使いから大金の二百円を持って自転車に飛び乗り、本屋さんに走った。週刊漫画は売り切れるところだった。僕の買ったのは最後の一冊だった。それを自転車の前のかごに乗せると、意気揚々として家に向かって自転車をこいでいた。
 商店街は道幅が狭くて、その上交通量が多い。そこで僕は歩道の上を自転車に乗って走っていた。すると向こうから大きなダンプカーがかなりの速度で走ってきた。そのダンプカーがいきなり僕の直ぐ前で、歩道に乗り上げると、僕に向かって突進してきた。とても逃げる暇などなかった。とっさに僕はスーパーマンの様に空に向かって力一杯飛び上がってみた。
「ガチャーン。」
僕が飛び上がると直ぐに、ダンプカーが自転車をはね飛ばす音がした。下を見るとダンプカーが自転車を巻き込んだまま、さらに突っ走っていた。
 それにしても僕はどこまで飛んで行くのだろうか。僕は雲を突っ切って、青い空を目指して飛んでいた。下を見ると、雲の合間から、僕の住んでいる町の家々が豆粒のように見えた。僕、こんなに高く飛び上がる積もりはなかったのに。
 僕の側をジャンボジェットが飛んで行った。と言うより、僕がジャンボジェットの側を通り過ぎた。僕はこんなところでジャンボジェットに会おうとは少しも思わなかったので、
「おーい。」
と言って、手を振ってみた。しかし飛行機の人は全く僕に気づかなかったみたいだった。僕は依然として、天頂めがけて、すごい速度で飛んでいた。
 空がだんだん暗くなった。星がはっきり見えてきた。太陽もただ火の玉として見えるだけだった。
「あれ、あれは人工衛星。きっと静止衛星だな、あれは。僕はいったいどこまで飛び続けるのだろうか。」
僕は大きな人工衛星の近くを通り過ぎた。
 輪を持った、大きな星が見えてきた。きっと土星でしょう。それでも僕は飛び続けた。やがて、太陽も小さな光る点になってしまった。僕は星だけ見える真っ暗な空間を飛び続けていた。僕にはどのくらい飛び続けたのか解らなかった。飛び上がった勢いで飛び続けていただけなのだから。その勢いが無くなったところで、僕は突然、大きな池のある、色とりどりの花が咲き乱れた、野原にぴょんと飛び降りた。
「あれ、ここはどこだろう。」
僕は不思議に思って、きょろきょろと四方を見回していると、池の側を白い着物を着た人がこちらの方へやってくるのを見つけた。その人はゆっくりと、落ち着いた足取りで、僕の方へやってきた。その顔にはどこか見覚えが有ったが、はっきりとどこの誰だか思い出せなかった。
「すみません、おじさん、ここはどこ?」
僕が訪ねると、そのおじさんはにこにこして答えました。
「ここは天国じゃよ。私は君をここに呼ぶ予定はなっかったのじゃ。つい間違えて呼んでしまった。堪忍、堪忍。家でご両親が心配しているじゃろう。急いで帰りなさい。」
「どうやって帰ればいいの?」
「ここまで飛び上がれたのじゃから、ここから飛び上がって帰れるじゃろうが。」
 この叔父さん、無責任な言い方です。でも僕は又思い切って飛び上がってみた。
 再び僕は星だけしか見えない空を飛んでいた。今まで光る点としか見えなかった太陽が、だんだんその大きさを増してきた。青い地球もその姿をはっきり認めることが出来るようになってきた。そしてついに、僕はぴょんと、僕がダンプカーとぶつかった所に飛び降りた。そこには白い花と線香が供えて有った。
 急いで家に帰ってみると、居間に作られた仏壇の前で、僕の写真を見ながら、お母さんが泣いていた。
「ただ今、おかあさん。これ、どうしたの?」僕が訪ねると、お母さんはしばらく吃驚した顔をして僕を見ていた。
「おまえ、どこにいってたの?てっきり死んだものと思っていたのよ。」
お母さんは泣きながら聞き返してきた。そこで僕は事のいきさつをお母さんに話した。
 仏壇の前には漫画の本が二冊供えて有った。「あ、この漫画、僕が買った奴だ。えと、こちらは?こちらはもっと新しい奴だ。もうあれから一週間たっていたの。」
僕はとても吃驚してし最新号の週間漫画を見つめていた。
 
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