高原の白百合の花 須藤 透留

 

 初夏を向かえて、高松高原は美しい緑で覆われていました。広い、広い草原はいろいろな美しい花が咲き乱れていました。その中でひときは目だったのが、白百合の花でした。百合はそのすらっとした緑の体をぴんと伸ばして、いまちょうど真っ白な花を咲かしたところでした。

 「どうお、私って、なんて美しいのでしょう。この真白な肌、緑の着物。私より美しい物って有るかしら。この高原の妖精さんでさえ、私の美しさには勝てないと思うわ。」

と、自慢して言いました。それを聞いた周りの花達は、ぷんぷんに怒ってしまいました。怒ってみたものの、百合の花が美しいことは間違いありません。

「ええ、ほんとね。本当に百合さんは清楚でうつくしいわね。」

花達は口々に言いました。しかし、百合に聞こえないように

「何さ、ちょっと目だつからって、いい気になってさ。今に、とっちめてやるから。」

と、ささやきあっていました。

 高原には花の密を集めにたくさんの蝶や蜂がやってきました。花達は蝶や蜂に言いました。

「ねえ、ねえ、蝶さん、蜂さん。百合さんのところには行かない方が良いわよ。百合さんって、とても傲慢なんだもの。みんなで虐めてやりましょうよ。その代わり、私たちがおいしい密をたくさんあげるから。」

そのように言われた蝶や蜂は、花達からたくさん密を貰うと、百合のところには寄らずに飛んで行ってしまいました。

 百合は広い高原の中で、一人ぽつんとしていました。周りの花達はよそよそしいし、近くまで飛んで来た蝶や蜂は、皆、百合のことを無視して、飛んで行ってしまいました。百合は大変腹を立てました。

「いいわよ、いいわよ。みんな私の価値を知らないんだから。私の美しさを妬んでいるんだから。私一人でも寂しくないわよ。何さ、みんなの意地悪。」

百合は一人で、吹いてくる風に合わせて、体を揺すっていました。

 何も知らない蜂が一匹百合の側に飛んで来ました。百合は笑顔を作って、大声をあげて蜂を呼び止めました。

「蜂さん、寄っておいでよ。おいしい密をたくさんあげるから。」

「ほんと?じゃあ寄って行くかな。どれどれ、ご馳走になるとするか。」

「ええ、どうぞ。どうぞ。たんと召し上がれ。よい香りもたんとサービスしましょう。ごゆるりとね。」

「ほんと。この密は超特級品だ。うまい、うまい。それにとてもよい臭い。あんたは最高の花だね。」

「そうでしょう。みんな、そう言いますのよ。あなたはとても運のよい方。私の密をいっぱい食べれたのですものね。」

「ええ、ご馳走様でした。またご馳走になりにきましょう。」

「ぜひ、また、いらしてくださいね。おいしい密が、まだいっぱいありますから。」

 蜂はおみやげの密をたくさん抱えて、飛んで行きました。百合はまた一人になりました。

飛んで行った蜂がまたやってくるのを待ち続けました。しかしいつまで待っても、あの蜂はもう二度とはやって来ませんでした。きっとほかの花のところに寄った時、百合のところには行かない方が良いと、入れ知恵されたのでしょう。百合は寂しくてたまりませんでした。

 周りの花達は、一人ぼっちの百合の花が可愛そうになりました。そこで一番近くにいたわれもこの花が、百合に声をかけました。

「百合さん、暑くなりましたね。御機嫌、いかが?」

でも百合はつっけんどに答えて言いました。「夏だから暑いにきまっているでしょう。こんな時は、一人で涼しい風に当たっているのが一番だわ。」 

われもこの花はそれ以上言葉を続けられないで、黙り込んでしまいました。他の花達も、百合に同情するのを止めました。

 翌日の朝のことでした。百合はその真白な肌に、茶色の染みがあるのに気づきました。百合は愕然としました。ぼかんと頭を叩かれたような感じで、目の前が真っ暗になりました。

「何で、何で、私のきれいな肌に染みが、染みができなきゃあいけないの。私はあの真白な肌でずっといたかったのに。何で神様まで私を虐めるの?」

百合はべそをかきながら言いました。

 すると優しい風と、臭いと、音楽を伴って、高原の精が現れました。バラ色の肌に赤い長い髪と、真白な着物を風にたなびかせて、その可愛らしいことといったら、例えようが有りません。

「百合さん、心配することはないわ。来年になると、また私のような、美しい花を咲かせられるのですから。それよりもっと大切なことなんだけど、みんなともっと仲良くしましょうね。」

高原の精は優しくこのように言うと、どこかに消えてしまいました。

 そのように言われてても、百合は自分の真白な肌に茶色な染みがどんどん増えて、花がしぼんで行くのを悲しい思いで見つめていました。そしてついに、百合の花はぽとんと落ちてしまった時には、

「ああ、私はもうだめ。もう死んでしまいたい。」

と、思いました。

 花が落ちてしまうと、百合は自分がただの緑の草に過ぎないことに気づきました。いままで、自分が特別の花だと思っていたのが、馬鹿らしくなりました。そのことに気づくと、百合はかえって気持ちが清々しました。そこで今度は自分の方から、周りの花達に話しかけてみました。すると周りの花達も快く答えてくれて、とても楽しく暮らせるようになりました。

 

 

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