樫の木と藤の花

 ある村はずれの森の入り口に、大きな大きな樫の木がありました。樫の木は背が一番高かったのでとても目立ちました。樫の木は村の主のような気持ちになって、背筋をピント伸ばして、枝を太陽に向かってめいっぱい広げて、毎日村の中を見つめていました。

 樫の木には一つ不満がありました。それは春になって、樫の木が黄緑色の小さな房のような花をたくさん咲かせていても、誰も気づいてくれないことでした。そればかりか、やはり春になると、樫の木の表面を全て覆い尽くうように咲く藤の花を、村人たちがきれいだきれいだといって見に来ることでした。藤は樫の木の幹に巻き付くよ
うにしてよじ登って、普段は全く目立たないようにして生きていたのでした。その藤が樫の木のにたくさんの薄紫の美しい花を咲かせて、それはそれは美しかったのでした。

 たまりかねた樫の木は藤にいいました。
「藤さん、君は僕と離れてくれないか。君が僕といると、僕は迷惑なんだ。」
「だって私の花がきれいだから、みんな樫の木さんを見に来るのでしょう。お互いに助け合い仲良くしましょうよ。」
そういわれると心の優しい樫の木は黙ってしまいました。それは本当だったからです。樫の木は自分の了見の狭さを反省しました。しかし反省をしてみても、樫の木は何か納得がいきませんでした。

 それから何年かたちました。樫の木はだんだん息苦しくなるのを感じ始めました。はじめ、樫の木はそれが自分が年をとったためだと考えていました。そのうちに樫の木はその苦しさが自分に巻き付いた藤の蔓のせいだとわかってきました。藤の蔓が樫の木の幹に食い込んで、息苦しくて、とてもつらかったからです。
「藤さん、君が僕の体に巻き付いているから、僕は息苦しいんだ。お願いだからどこかへいってくれないか?」
「そんなことを言ったって、私たちはお互いに助け合って生きているのでしょう。私は樫の木さんに支えられて生きているし、樫の木さんは私のきれいな花のおかげでみんなから注目されているわけでしょう。お互い様なのだから助け合いましょうよ。」
「でも僕は苦しいんだ。死にそうなんだよ。君の蔓に締め付けられて、息ができないんだ。もう僕は人々から注目されなくてもいい。だから藤さん、お願いだからどこかへ行ってくれないか?」
「私が樫の木さんを苦しめているのですって?何でそんなひどいことを言うの?私はなにもしていないじゃあないの。」
藤にとっては全く身に覚えのないことなので、ひどく腹を立てました。それ以後、藤は樫の木の言うことを無視し続けました。

 樫の木は苦しみながらだんだん元気を失い、その内に枯れてしまいました。藤は樫の木が枯れてしまったことに無頓着でした。少しも同情しませんでした。
「なにさ。ただ、年とって死んだだけじゃあないの。それを私のせいにするなんて勝手だわ。いい気味だわ。」
藤は枯れた樫の木に巻き付いて、それ以後も毎年きれいな花を咲かせました。何年かたちました。樫の木はだんだん腐ってきました。幹が腐ったために、大風が吹くととても不安定になってきました。藤もそれに気づいてだんだん不安になってきました。
「この枯れた樫の木が倒れてしまったら、私はどうしましょう。失敗したわ。こんな樫の木と一緒に生きなければよかったのに。どうしましょう。誰か助けて!」
しかしもうどうにもなりません。その年の秋になって、台風がやってきて大風を吹かせたとき、枯れた樫の木は根本から倒れてしまいました。その幹に巻き付いていた藤も一緒に折れてしまい、枯れてしまいました。

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