雷の子ゴロ
北国の冬は雨から霙に変わり、やがて霰が降ったり止んだりするようになりました。その日も海を渡ってきた冷たい北風が、荒々しく吹き荒れて、時折思いだしたように霰が激しく降ったり、止んだりしていました。その日はそんなに寒い日だったので、権ちゃんは居間で一人ファミコンをしていました。
また激しく屋根の瓦をたたく霰の音がきこえてきました。それに続いて、地面をたたき割ったような、途轍もなく大きな爆発音のような音が轟き渡りました。権ちゃんはびっくりして飛び上がりました。そしてあわてて押し入れの中に飛び込んで震えていました。だって今日は権ちゃんは一人でお留守番をしていましたから、お母さんに助けを求めるわけには行きませんでした。
しばらくして権ちゃんはそっと押し入れの襖を開けてみました。居間の中は何も変わっていませんでした。権ちゃんは押し入れから出ると、こわごわと窓越しに庭をのぞいてみました。庭の中央に真っ白な毛皮の動物が横たわっていました。
「あれ、犬が死んでいる。どこの犬だろう。」
権ちゃんは玄関から庭に出てみました。うっすらと霰が積もっている土の上に、ちょっと人間に似たかわいい動物が横たわっていました。その動物は気を失っていましたが、まだちゃんと生きていました。しかしそれは今まで権ちゃんが見たこともないような動物でした。
「かわいそうに、気を失っている。部屋へ連れて言って暖めてあげよう。」
権ちゃんはその動物を背負うと、居間へ戻り、ストーブの側で動物を暖めてやりました。
やがてその動物は意識を取り戻しました。あたりを見回して、側にいる権ちゃんに気づきました。
「やあ、権ちゃん、どうもありがとう。助かったよ。」
「君は誰?何しにきたの?」
権ちゃんはびっくりして、矢継ぎ早に尋ねました。
「うん、権ちゃんは僕のことを知らないだろうが、僕は権ちゃんのことを良く知っているよ。僕は雷のゴロ。よろしくね。」
ゴロは起きあがりながら言いました。
「え、君。あの、ピカ、ゴロゴロゴロの雷のゴロ?」
「うん、そうだよ。きょうはね、母さんに頼まれて、実能川に水を汲みに降りてきたんだ。ところが飛び降り損なって、頭から落ちてしまった。もう少しで死ぬところだったよ。本当にありがとう。」
「それじゃあ、君は雲の上からわざわざ実能川まで水を汲みにきたというわけなの。」
「そうなんだ。冬になると天の川も凍りついて、水を汲めないんだ。だからおいしい地上の水を汲みに、僕達雷の子供が行かされるんだよ。」
「そう、それじゃあ雷の子供は大変だね。それにしても、君は絵本などでみる雷とは全然違うね。真っ白な毛が生えているもの。」
「ほら、見てご覧。ただ、真っ白な白熊の毛皮を着ているだけだよ。冬は寒くて、裸でなんかおれないもん。」
そう言ってゴロは真っ白な毛皮を一部脱いで見せました。毛皮の中にはいつも絵本でみるような、雷の姿がありました。
「本当だ。本当に君は雷なんだね。」
「うん、さてと。体も温まったことだし、水を汲んで帰らなくちゃあ。お母さんが心配しているから。」
ゴロは閉まっている窓ガラスを通して、庭に出てしまいました。
「あれ、バケツがないよ。権ちゃん、バケツを知らない?」
ゴロが大声で、権ちゃんに聞こえるように言いました。権ちゃんは急いで庭に出ると、一緒にゴロが持ってきたと言うバケツを捜しました。霰が痛いほど権ちゃんに降り注ぎました。ゴロは厚い毛皮を頭から着ているから、平気なようでした。
権ちゃんの家の庭をくまなく捜しました。家の周囲も捜しましたが、ゴロのバケツは見つかりませんでした。
「ゴロちゃん、僕んちのバケツを貸せるけど、それじゃあだめ?」
「ううん、そううしようか。借りてもいい?」
「だって、ないと水を運べないだろう?」
「うん。じゃあちょっと貸してよ。すぐに返すから。」
ゴロは権ちゃんの家の大きめなバケツを借りるとそれに水道の水をいっぱい満たして、雲の上めがけて飛び上がりました。権ちゃんは軒下で、ゴロに手を振ってずっと見送っていました。
権ちゃんは雷の子供のゴロに会ったことを誰にもいっていません。言っても誰も信じないでしょう。そればかりか、かえって権ちゃんを馬鹿にするかも知れません。でも、本当に権ちゃんは真っ白な白熊の毛皮を着た、雷の子供のゴロに合ったのです。でも、ゴロはとても忘れやすいのでしょうね。未だに権ちゃんから借りたバケツを返しにきていません。それに権ちゃんも、あのバケツを返してくれとは言っていません。あんなに大きな音を立ててやってこられたのでは、権ちゃんもたまりませんからね。