犬のお巡りさん

 ある日曜日、僕とお母さんと、デパートの前の通りを歩いていました。ひっきりなしに自動車が行き交う交差点の真ん中で、お巡りさんが交通整理をしていました。そのお巡りさんは、ピッピーと笛を鳴らしながら、巧みに自動車の流れを裁いていました。しかし僕は、そのお巡りさんが、普通のお巡りさんと違うように思えました。お巡りさんのおしりから、しっぽがにゅっと生えていました。お巡りさんの帽子の下から、大きな耳が垂れ下がっていました。顔も、口がにゅっと飛び出していました。僕にはどう見ても、犬がお巡りさんの制服を着て、交通整理をしているように見えました。

 僕は思いきってお母さんに聞いてみました。「お母さん、あの交通整理をしているお巡りさんは、犬みたいだね。」

するとお母さんはちらりとお巡りさんを見て、「そうお、普通のお巡りさんでしょう。何処が犬みたいなの?」

と僕に聞き返しました。

「だって、しっぽが生えているし、顔だって、犬みたいだもん。」

「準ちゃんにはしっぽが見えるのね。ほ、ほ、ほ。それじゃあ確かに犬かもしれないわ。」

とお母さんは言ったきり、全く興味が無いと言う感じで、黙って歩き続けました。僕はお母さんの後ろを、お巡りさんを見ながら、歩いていました。

「変だなあ、何で犬が交通整理をしているのだろう。」

と思いました。

「町を歩いている人達や、運転をしているひと達が、どうして犬のお巡りさんが交通整理をしているのに気づかないのかなあ」

とも思い、不思議でなりませんでした。

 お巡りさんも、僕が見つめていることに気づいたらしく、僕の顔をちらりと見ました。その顔は間違いなく隣の犬のジョンでした。僕は大声で

「ジョン、ジョン」

と、手をふりながら、思わず叫んでしまいました。するとお巡りさんも僕の方をもう一度、ちらりと見ましたが、その後はまじめな顔をして、交通整理を続けました。

 僕はお母さんがどんどん先に行ってしまうのも気にかげないで、しばらくお巡りさんの鮮やかな交通整理を見守っていました。だいぶ先の方に行ってしまったお母さんが

「準ちゃん、どうしたの。先にかえっちゃうわうわよ。早くいらっしゃい」

と、振り返って僕を呼びました。僕は納得できないまま、大急ぎでお母さんの後を追いかけました。

 家に帰るとすぐに、隣の家の庭を覗いてみました。隣の家の庭にあるジョンの犬小屋には、ジョンはいませんでした。テラスで隣の家のおばさんが洗濯物を取り入れていました。「おばさん、ジョンはどこにいったの?」

思いきって僕はおばさんに聞いてみました。

「ジョン?ジョンは朝からいないのよ。ときどきどこかへ行ってしまうの。どこへ行ってしまったのかしら。でも、夜になるとちゃんと帰って来るのよ。準ちゃん、ジョンをどこかで見かけたの?」

おばさんは仕事の手を止めて、準ちゃんを見つめながら聞き返しました。

「ううん、見ていないけれど。ジョンが犬小屋にいないから、聞いてみただけ。」

僕はあわてて、嘘を言ってしましました。ジョンがデパートの大通りで交通整理をしていたなんて、とてもおばさんに、信じてもらえそうもなかったからでした。

 翌朝、ジョンは犬小屋にいました。ジョンは僕を見つけると、いつものように嬉しそうにしっぽを振って、

「わん、わん、わん。」

と鳴きました。僕は

「きのう、町で会ったのはジョンだよね。」と聞くと、ジョンは手を自分の口の前にもっていって言いました。

「準ちゃん、あのことは秘密だよ。僕がお巡りさんの仕事をしていることは、誰にも言わないでよね。」

「やっぱり、そうだったのか。ジョンもなかなかやるね。わかったよ。秘密は絶対に守からね。」

と、僕はジョンと約束をしました。  

 

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