蛍の通信士

 渡君はぼんやりと、窓の外を眺めていました。そこには真夏の夜がありました。やっと冷たくなってきた風が、窓からそっと流れ込んで来ました。空には三日月よりも細い月が登ったばかりでした。美しく輝く星達が空を埋めていました。目の前には、庭の木立が黒いシルエットをなしていました。渡君はその黒いシルエットの中に、何か光るものを見つけて、それをぼんやりと見ていたのでした。

 その光はとても小さくて、弱いものでした。初め、それは夜露の様なものが、何かの光を反射して光っているのだと、渡君は思っていました。しかしその光は、いつまでもいつまでも、同じ様な光り方をしていました。

「ーーー・・・ーーー ーーー・・・ーーー ーーー・・・ーーー」

理由もなく、渡くんはその光が気になりました。その光は規則的に光っているように見えました。その光は何か語りかけてきているように思えました。渡君はその小さな光から、目を話すことができませんでした。じっとその光を見続けていました。

[Oに・にOにOにSが続きOにOにSがつづきOと。おもしろい光だなあ。」

その様なことを思いながら、渡君は光を見続けていました。その時、渡君はモールス信号を思いだしていました。その内、渡君は光の点滅に合わせて

[OSO OSO OSO」

と口に出して繰り返しだしました。

「え?OSOだって?緊急信号だ!」

渡君は飛び上がって驚きました。まさかこの小さな光にモールス信号が乗っていたとは夢にも思ませんでしたし、その信号がモールスの緊急信号と同じように、点滅していようとは、想像もできないことでした。渡君はこの光に何か意味が有ると思いました。そこですぐに懐中電灯を持って、庭に出てみました。 渡君の部屋の窓の前の木の葉に、蛍が一匹止まって、しきりと光を放っていました。こんな所に蛍が来ることなど、未だかつて有りません。しばらくの間渡君は蛍を眺めていましたが、思い切って蛍に声をかけてみました。

「蛍君。君、OSOて、何か意味が有るのかい?」すると蛍の光方が変わりました。

「・ー  ー・・・ ーーー ー・ーー  ・・・ーーー・・・  ・・  ・ーー ・ー ・・ ー  ・ー ー  ・・・・ ・ー ー・ ・ー ・・ ・ーー」

(A BOY SOS I WAIT ATHANAIWA)

「じゃあ、男の子がどうかしたんだね。鼻岩と言えば何だろう。そうだ、坂川の上流の沢の大きな岩の所だね。そういえば昨日、裏の山で遭難者が出たと言う話だ。きっと、遭難した男の子が迷い込んでいるんだね。僕に助けて欲しいと言っているんだね。」

渡君は蛍に聞きました。すると蛍は

「・ー・ ・ー・ ・ー・」

(R R R R 了解と言う意味)

と光を変えました。

「そうか、それじゃあ、僕が助けに行こう。蛍君、鼻岩の所で待っててくれたまえ。」

すると蛍は又

「・ー・ ・ー・ ・ー・」

とおしりを光らせながら、どこかへ飛んで行きました。  

 渡君は胸が高なりました。よりによって蛍が渡君を選んで助けを求めてきたからには、大きな意味が有ると、渡君は思いました。渡君は急いで、リュックや靴などの山歩きの身支度を整えて、裏山へ出かけました。いくら自分の庭の様に良く知っている裏山だと言っても、夜の山はいつもの山とは大いに違いました。一人で歩くのにはとても寂しい道でした。あたりは真っ暗、足元では虫がか細く鳴いていました。時折夜風が草や木をざわつかせました。寝ぼけた小鳥が短く、甲高く、鳴き声をあげました。

 しばらく山を登と、捜索を終えて山を降りて来る村の人たち数人に出会いました。

「おい君、こんな夜中に何処へいくんだい?」

「男の子が道に迷っていると言う話なので、助けに行きます。」

「捜索に行くだって?それは大人がする事だから。子供には危ないので、家に帰りなさい。たくさんの人が山に入って捜しているのだ。その内に遭難した子供は見つかるだろう。心配はいらないから。さあ、帰った、帰った。」

「だって、僕に助けて欲しいという伝言を貰ったのです。」

「助けて欲しいとの伝言をもらったって?誰から?君みたいに子供に頼んでも危ないだけだから、さっさと帰りなさい。」

「本当なんです。鼻岩の近くに子供がいると伝言を受けたんです。あの付近なら、僕も良く知っています。危険はありません。」

「鼻岩だって?そこは子供がいなくなったところと全く逆の場所だ。あんな所まで子供が行くはずが無い。」

「でも本当なんです。」

すると大人の中の別の一人が言いました。

「あれほど捜しても見つからないと言うことは、ひょっとしたら、鼻岩の方へ降りて行ったのかも知れないじゃあないか。一つ引き返して、捜してみようじゃあないか。」

 そこで、その男の人を含めて、村の男の人三人と渡君とで、鼻岩を目指して、山を上り始めました。その途中で何人かの捜索隊の人に会いましたが、多くの人は

「あんな所には絶対に行くわけが無い。」

と言って、山を降りていってしましました。

 険しいけれど歩き馴れた山道を登りつめると尾根に出ました。そこには大きな捜索隊のテントが構えて有りました。そこで男の人たちは本部の人たちと何か話し合っていました。渡君はテントの外で星を見ながら待っていました。男の人たちの話が終わると、渡君と男の人三人はしばらく尾根沿いに山を上り、それから沢の方へ降りていきました。ろくに道もないような所を踏み分けて、四人は沢に降りて行きました。男の人たちは何分か置きに、携帯用拡声器で男の子の名前を呼びました。しきりと本部から無線連絡が入りました。その都度、男の人たちはトランシーバーで答えていました。

 沢に降りて、沢沿いに歩くと鼻岩の上に出ました。そこで渡君はあたりをゆっくりと見回しました。すると近くの木の葉の上で蛍が小さく光を点滅していました。

「ーー・ ーーー  ・ーー ・・ ー ・・・・  ーー ・」

(GO WITH ME)

「よし、行こう!」

それを見て、渡る君は大声をあげてしまいました。大人達は、突然渡る君が大声をあげたのでびっくりしました。

「どうしたんだい。君?」

「あの蛍の後について行けば良いようです。」「あの蛍に?」

「ともかくいきましょう。」

「本当かい?あんな蛍が知っているのかい?」

男の人たちは半信半疑で、渡君の後に続きました。蛍は四人の先頭をきってゆっくりと飛んで行きました。飛んで行っては近くの葉に止まり、渡君達の来るのを待ちました。

「ー・・ ・  ・ーー ・ー ー・ーー」

(THIS WAY)

蛍はおしりの光をちかちかさせながら、人間の歩き易そうな所を選んで、案内をしてくれました。

十分も歩くと、蛍は

「・・・・ ・ ・ー・ ・」

(HERE)

と言う点滅に変えました。

「ここらあたりですよ。」

渡くんは大声をあげて三人に伝えました。懐中電灯で良く照らしてみると、草むらの中に男の子が気を失って倒れていました。

「良かった。見つかった。蛍君ありがとう。本当にありがとう。」

渡君は蛍に言いました。蛍は

「ー・ー・ ・・ー」

(C U=SEE YOU)

と言う光を点滅させながら、何処かへ飛んで行きました。渡君は手を振って蛍を見送りました。

 男の人達はすぐに男の子を介抱しました。男の子は弱ってはいましたが、すぐに気がつきました。男の人三人が交代で男の子を背負って、来た道を引き返して、沢を登って鼻岩まで来ました。そこでしばらく待っていると、無線連絡を受けた救助の人たちが大勢やってきました。渡君はその人達に混じって、尾根まで登り、帰途につきました。

 渡君が歩いていると、男の人が側にやってきました。あの一緒に沢に降りた三人の大人の内の一人でした。

「君、本当にあの蛍が子供の遭難所を教えたのかい?どうしてあの蛍が子供の遭難場所を知っているとわかったのだい?」

「あの蛍が、僕の家に来て、助けてくれって言ったのです。」

「だって、蛍が人間と話せる訳がないだろう。君は蛍と話ができるのかい?」

「いいえ、蛍が僕達の言葉を解るのです。」「へえ。何か良く解らないなあ。良く解らないが、ともかく、君はあの蛍に、あの子供の居場所を教えられたというわけだね。」

「そうなんです。」

渡君は胸を張って答えました。

 その後、渡君は毎晩のように庭に出て、あの蛍が来ていないか捜してみました。しかしその後、二度と蛍が渡君の庭に来ることは有りませんでした。

 

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