蛍の星

 去年の夏に続いて、今年の夏も亘君はおじさんの別荘に来ていました。別荘はうっそうとした林の中に有りました。その別荘を囲む林の中をしばらく歩くと、結構深い沢に出ました。その沢では、毎年夏になると、たくさんの蛍が舞ました。

 別荘に着いた夜、亘君はさっそく蛍を見に、沢へ出かけました。亘君より大きなおじさんの愛犬ジョンを連れて、懐中電灯で足元を照らしながら歩いて行きました。

 風もほとんど無い蒸し暑い夜でした。空はどんよりとした雲におおわれて、あたりは真っ暗でした。気持ち悪いぐらいに、静かな夜でした。何かお化けでも、魔物でも出そうな感じでした。亘君は懐中電灯であたりを見ることはできましたが、あまありにもしーんとしていて、物寂しくて、亘君は何度か引き返そうと考えました。けれどジョンが嬉しそうに、どんどん亘君を引っ張って行くので、引き返すことができませんでした。

「おい、ジョン。本当に大丈夫かい?何か出そうなんだけど、少し恐いなあ。」

ジョンは自信のある足どりで、どんどん沢の方へ進んで行きました。

 亘君達が沢へ降り始めると、今まで真っ暗だったあたりが、急に明るくなりました。亘君はびっくりして立ち止まりました。亘君の周りは、ちょうどクリスマスのイルミネーションに、明りを灯したときのようでした。あたりの草や潅木にとまっていた蛍が、一斉に明りを灯したからでした。それはそれはとてもきれいな光でした。別世界にいるようでした。亘君は我を忘れて、ついたり消えたりする美しい光を見ていました。ジョンも亘君の足元に来て、座ってこれらの光に見入っていました。

 亘君ははっと我に戻りました。蛍が去年見た蛍と違っていまいた。そこらにとまっていた蛍が、とてつもなく大きい事に、気づいたからでした。その大きさは亘君ぐらい有りました。その蛍のおしりにある電球は、亘君の頭ぐらい有りました。その電球が明るい光を放っていました。直にその光を見ると、まぶしいぐらいでした。

 沢の方から蛍が数匹、亘君の方へやってきました。亘君達のすぐ側までやってくると、先頭の蛍が亘君に言いました。

「亘さん、ようこそ、我が蛍の国の避暑地にいらっしゃいました。私、蛍の国の大統領が、蛍の国を代表して、亘さんを歓迎します。どうぞこちらへこられて下さい。」

と言って、亘君とジョンを大きな湖に面した広い芝生の庭に案内しました。そこには大きなテーブルが用意されておりました。去年亘君は何度かこの沢に来ました。しかし、こんなに広い湖と広場が有った事には気づきませんでした。

 亘君とジョンがテーブルにつくと、歓迎会が始まりました。いろいろなご馳走が運ばれました。歌や演劇や踊りが披露されました。中でも印象的だったのは、おしりの光を点滅させながらの踊りでした。その神秘的で美しい光の芸術は、忘れることができませんでした。

 思い切って、亘君は蛍の大統領に尋ねてみました。

「どうして僕がここへ招待されたの?」

「亘さんは、私達蛍の国の避暑地を守って下さる大切な人です。今後もどうか私達を守って下さい。」

「僕が蛍の国を守るだって?」

「そうです。きれいな沢を守っていただかなくては、私達蛍は死に絶えます。」

「うん、それはするけれど、何で僕の事を知っていたの?」

「それに答えるには、私達の秘密を話さなくてはなりません。亘さんは、絶対に秘密を守って下さると思いますから、お話しましょう。実は、空に輝いている星達は、私達なのです。いつも空からみなさんを見ているのです。」

「それなら、君達蛍は空の上まで、飛んで行けるの?」

「そうです。夏の間だけは、手のあいたものがこの沢まで降りてきて、ここで休養を取っているのです。」

「蛍は一週間ぐらいしか生きれないと聞いているけど?」

「それは一周間すると、空へ帰らなくてはならないと言う意味です。」

「ふうん、それじゃあ、君達蛍は一年中空で星として、光っている、働いていると言うことなんだね。」

「そうです。そうなんです。夜中光っていなくてはならないので、大変なんです。ですから夏には、この沢に保養に来るのです。ですから、この沢が私達蛍にはとても大切なのです。」

 歓迎会の最後に、蛍の大統領は言いました。「今夜は特別に、亘さんの歓迎会のために、空で星の仕事をしている蛍全てがここに集まっています。今夜星が見えなかったのはそのためです。」

「曇っていたから、星が見えなかったのではなかったの?」

「空を曇らせて星を見えなくさせておいて、その間、ここにきているのです。これから、星の係の蛍達を空に返します。見て行って下さい。」

そう言うと、蛍の大統領は蛍達に号令をかけました。すると明るい光の粒の集まりの帯が空高く上り始めました。その光の帯はだんだん延びて、雲をつっきって、消えて行きました。それを見届けた蛍の大統領が言いました。

「さあ、これで星が見えるようになる準備ができました。私もこれで空へ戻ります。今夜は本当によくいらっしゃいました。又来年もお会いしましょう。さようなら。」

と言うと、部下の蛍を連れて、空へ登って行きました。亘君も手を振って、

「ありがとう、大統領さん。ごちそうさまでした。気をつけて、空へ帰って下さい。さようなら。」

亘君は手を振って、ジョンは尻尾を振って、見送りました。

 蛍の大統領の一団が遠ざかると、それに連れてあたりは暗くなりました。湖も見えなくなりました。広場もなくなりました。そこには去年見たと同じように沢が流れ、その両側に潅木が茂り、そこに蛍の小さな光が点滅していました。亘君とジョンはしばらくその様子を眺めていました。空を見上げると、いままで空中を被っていた雲がきれだして、真夏の星座が見えだしました。

「ジョン、かえろう。」

亘君はジョンを促して、帰り始めました。

 

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