ゴム風船

 お盆になると、僕は落ちついておれませんでした。それは、「お盆には、死んだお母さんが帰って来る」と、お父さんが言ったからでした。ぼくは絶対にそんなことは無いと思いました。でもやはり、僕は死んだお母さんに会いたかったのです。だめだとは解っていても、ほんのかすかな期待を持って、ときどきお母さんの遺牌の前に来てみました。遺牌の前には、花や果物やお菓子が置いて有るだけで、お母さんが帰ってきたような様子は、少しも有りませんでした。

 お盆が終わると、秋風が吹き出しました。僕はつまらなくて、家の前の道ばたに立っていました。ぼんやりと流れていく空の雲を見上げていました。「お母さんに会いたいなあ。お盆に帰って来てくれたらよかったのに。」と思っていました。すると突然目の前に、変な男の人が現われました。どことなく見たことのあるような、無いような人でした。

「僕、これをあげよう。きっと良いことが起るよ。は、は、は。おじさんの事が心配かい?おじさんは、君のお父さんの先祖だよ。」

男の人はそう言って、僕にゴム風船を一個くれました。

 僕は退屈だったので、貰った風船をぷーっと膨らませてみました。すると僕の拳大の風船ができました。僕はおもしろくなって、破裂するまで大きくしてみようと思いました。どんどん風船に息を送り込むと、風船は破裂しないで、どんどん大きくなりました。ついにその風船は、僕の背丈以上に大きくなってきました。すると風船はふわふわと空に向かって上り始めました。その風船を持っている僕の体も、ふんわりと浮き上がって、風船と一緒に、空をめがけて飛び始めました。

 僕は雲を突き抜けました。雲の上には多くの人がいました。その中に、僕のお母さんを見つけることができました。僕は急いで風船の空気を抜くと、雲の上に飛び降りました。

「よっちゃん、よっちゃん、良く来たわね。」

お母さんは涙を流して喜んでくれました。僕はお母さんに抱きつきました。僕はお母さんが死んでからの事をいろいろと話しました。お母さんは嬉しそうに、合い槌を打ながら聞いていました。僕とお母さんとは、楽しい時間を過ごすことができました。しばらくすると、お母さんが言いました。

「もう、帰らなくてはいけませんよ。もう一度風船を膨らませてごらんなさい。」

 僕はもっとお母さんといたかったのです。でも、せっかく会えたお母さんの指示に、従うことにしました。もう一度、僕は風船を膨らしました。僕の体が再びふんわりと浮かびました。僕は雲から離れると、ゆっくりとゆっくりと、地上へ降りて行きました。

 気がつくといつの間にか、僕は家の前の道ばたに立っていました。手には小さく萎んだゴム風船を持っていました。

 

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