学校を休んでもいいのよ

 まやちゃんが元気をなくしたのは、まやちゃんが小学校に入学した年の6月ごろ、木々の新緑が美しい頃からでした。気持ちの良い朝なのにまやちゃんはなかなか起きてきませんでした。起こしてもぐずぐずして、なかなか学校へ行こうとはしませんでした。そのためいつも、お兄ちゃんの達ちゃんにせかされて、引っ張られるようにして、家を出て行きました。でも、一たび家を出たら、いつものように元気で学校に行き、帰ってきてからもたいへんに元気で、朝の元気の無さがとても想像できないくらいでした。そして、この頃からまやちゃんの首を振る癖がでてきました。私はこのまやちゃんの首を振る癖がたいへんに気にかかりました。やめさせようとして、気がつく度に注意をしましたが、帰って悪くなるばかりで、どうしたら良いのか途方に暮れていました。

 夏休みを楽しくのびのびと過ごして、まやちゃんは二学期をむかえました。最初の三日間はまやちゃんは元気に起きて、学校に行きました。見た目には新学期の始まりを楽しみにしていたようでした。そして四日目の朝、突然お腹が痛いと言って起きてきませんでした。仕方なく学校を休ませたのですが、私が

「それじゃあ、今日は学校を休みましょう。」と言って、学校に電話をし終えると、まやちゃんはのこのこと起きてきて、朝ご飯をおなかいっぱい食べました。その日一日、まやちゃんは家の中で元気に過ごしました。

 翌日の朝、まやちゃんはまた激しく腹痛を訴えて、起きてきませんでした。昨日のことがありましたから、私は無理やりにまやちゃんを起こして学校につれて行こうとしました。しかしまやちゃんは布団を握りしめて、がんとして起きようとはしませんでした。私の心に不安がよぎりました。私の友達の登校拒否を起こした子供の様子と、とても似ていたからでした。私は主人と相談して、その日も学校を休ませて、大きな病院にまやちゃんを連れて行きました。まやちゃんはしぶしぶ病院へついてきました。

 小児科のお医者さんは、まやちゃんの体ををいろいろと診察しました。

「これは風邪がおなかにきたのですね。お薬を出しますからそれを飲ませて様子をみてください。」

お医者さんは言いました。まやちゃんも私も、ほっとして家に帰りました。家に着くと、さっそくまやちゃんに薬を飲ませました。その日も一日中、まやちゃんは楽しく家の中で過ごしていました。

 翌朝、まやちゃんはまた腹痛を訴えて起きてきませんでした。薬を飲ませて寝かせておくと、昼ごろになって起きてきて、ご飯をおなかいっぱい食べました。それからはいつもと同じで、元気に家の中で遊んで過ごしました。

 その翌朝も同じでした。これは登校拒否ではないかと私は疑い始めました。そこで主人と相談して、近くの開業医を訪ねることにしました。その開業医は登校拒否の子供を優しくみてくれる、という噂が有ったからでした。

 お医者さんはまやちゃんの胸や背中を聴診器で診察しました。その後まやちゃんを診察台に横にして、お腹も調べました。お医者さんはいろいろとまやちゃんに質問をしました。まやちゃんがなかなか答えないので、私が代わって答えますと、

「まやちゃん、それでいいの?間違いない?」と、いちいちまやちゃんに問い返しました。そして最後に、

「まやちゃん、朝になるとお腹が痛いんだね。お腹が痛いときでも、学校に行かないで家でゆっくりと休んでいると、起こらないようだね。だからゆっくり休むといいよ。お腹が痛くなくなったら学校に行きなさいね。学校を休むだけでお腹の痛みは治りますから、そうしたら学校に行けばいいですよ。お薬はいりません。」

と言いました。

 まやちゃんを待合室に待たせて、今度は私と先生との二人だけでお話がありました。

「川村さん。お嬢さんは登校拒否です。学校で一生懸命がんばって、いい子をしていたため、疲れが貯って、学校に行けなくなりました。家でゆっくり休ませて、好きなことを好きなだけさせてください。十分に休むと、疲れがとれて、必ずまた学校に行くようになります。ですから、家に帰ったら、学校を休んでいいよ、とはっきに言ってあげてください。いつになったら学校に行けるか、はっきりと言えませんが、必ず学校に行けるようになります。それまでは、学校と縁を切って、完全に学校を忘れさせて、家でゆっくりと過ごさせてあげてください。」

 私も登校拒否には学校を休ませたほうが良いとは聞いていましたが、これ程までに徹底的に休ませて良いものとは思いませんでした。私はお医者さんの言葉を信じることにしました。お医者さんにお礼を言って、私たちは手をつないで帰りました。帰り道でも、まやちゃんは心配そうに仕切りと首を振っていました。

 家に帰ったら、さっそく私はまやちゃんに言いました。

「まやちゃんのつらい気持ち、良く解ったわ。学校を休んでもいいのよ。何か欲しい物や、してほしいことが有ったら、教えてね。必ずしてあげるから。」

まやちゃんはにっこり笑って、うなずきました。そのときのまやちゃんの笑顔の可愛かったことを、私は一生忘れることができません。

 それから毎日、私の忍耐の日が続きました。朝まやちゃんが起きてこなくても、私は何も言いませんでした。すると、二、三日もすると朝普通に起きて来るようになりました。テレビを見て、ファミコンをして、漫画を読んで、絵をかいて、寝ての生活が続きました。娘のこんな生活を見続けることはとてもつらいことでした。しかし一週間もすると、娘のだらだらとして、締りのない生活を見ていることにも、私は馴れてしまいました。娘と絶えず一緒にいる生活が楽しくなりました。

 まやちゃんが学校を休みだしてから三週間がたったころ、突然まやちゃんが私に言いました。

「おかあさん、学校に行きたいんだけれど、先生が恐いの。何か有ると先生はすぐに怒って、みんなを立たすの。そのこと、先生に言ってくれる?」

「いいわよ。おかあさん、先生に言ってあげる。今日の放課後でも学校に行って、先生に会ってみようかしら。」

「お母さん、私が言う。先生に直に言う。後で一緒に学校へ行ってくれる?」

「いわよ。それじゃあ、そうしましょう。お昼に、先生に電話しておくわね。」

私はまやちゃんの力強いのに驚かされました。 その日の夕方、まやちゃんと私は学校に出かけました。もう下校時間を過ぎていたので、他の生徒に出会う心配はありませんでした。先生は生徒のいなくなった教室で私たちを向かえてくれました。まやちゃんは先生に向かって、思っていたことを皆ぶちまけました。そのような力強いまやちゃんの姿はとても私には想像できないことでした。先生は涙を流して聞いていました。

「ごめんね、まやちゃん。まやちゃんの言ったこと、先生、必ず守るからね。まやちゃん、良く教えてくれたわね。ありがとう。」

「それじゃあ、わたし、明日から学校に行く。約束ね。」

まやは晴れ晴れとした顔で先生と指切りすると、赤いスカートをひらひらさせながら、すきっぷをしながら家に帰りました。残暑でまだ蒸し暑いその夜に、私たちは今までとは別の意味で楽しかった夕食を、食べることができました。

 翌日から、まやちゃんは朝元気に起きて、学校に行きだしました。それとともに、まやちゃんの首を振る習慣はほとんど見られなくなりました。

 

表紙へ