どらごんと娘    須藤 透留

 

 昔、ある山奥の洞窟に一匹のどらごんが住んでいました。このどらごんは、もともと遥か彼方の空の上のどらごんの国に住んでいましたが、そこで悪いことをしたために、神様に叱られて、地上のこの山奥に追い出されてしまったのです。

 一人ぼっちのどらごんは、寂しくて寂しくてたまりませんでした。毎日毎日涙を流して神様に詫びを乞い、早くどらごんの国に帰れるよう願っていました。しかしあまり寂しくて我慢ができなくなった時は、洞窟から出て野山を歩き回りました。そうすると空は真っ黒な雲に覆われて、雷が鳴りわたり、激しい雨が降りました。どらごんがあまりに激しく歩き回った時には、地上に大雨が降り、洪水がおきて、人々を困らせ、どらごんは神様からおとがめを受けてしまいました。そこで仕方なく、どらごんは洞窟の中でおとなしくじっと我慢していました。けれど寂しさは強くなるばかりで、どらごんは泣いてばかりいましたから、泣き疲れたどらごんはとうとう深い眠りに落ちてしまいました。

 

 ある夏のことでした。その年は毎日毎日暑い日が続き、野山や田畑はすべてからからに乾いてしまいました。野菜や果物、稲もすべて枯れそうでしたので、人々は大変困っていました。このままでは大飢饉になってしまいます。多くの人々が飢死にしなければなりません。人々はお祭りをしたり、御祈祷をしたりして雨ごいをしましたが、毎日晴天が続くばかりで、いっこうに雨は降りませんでした。そこで人々は、直に水の神様にお願いをして、雨を降らせてもらおうと考えました。若くて器量が良くて賢い娘を水の神様に捧げようと考えました。人々は相談して、庄屋の娘を水の神様に捧げることにしたのでした。

 娘の両親は大変悲しがりました。娘も初めは悲しがったのですが、たくさんの人々を助けるために水の神様の所に行こうと決心しました。村人達は娘を山奥の水の神様が祭ってある社に連れて行きました。村人達は娘を社の前の立木に縛りつけると、村へ帰っていきました。

 娘は自分の身の不幸を悲しんで泣き続けました。やがて日も落ちて真っ暗な夜の帳がおとずれました。娘も泣き疲れて、その泣き声もだんだん弱くなっていきました。

 娘の泣き声でどらごんは目をさましました。その泣き声はとても弱々しくて悲しそうだったので、どらごんにはたいそう気にかかりました。その泣き声のする方へそっと近寄ってみました。その泣き声のする所には若い娘が立木に縛られて泣いていました。どらごんは娘に近づいて行きました。しかし娘には少しも驚いた様子がありませんでした。それどころか、どらごんをじっと見すえると、話しかけてきました。

「あなたは水の神様なの?。」

「いや、僕はどらごんさ。どらごんの国を追い出されて、今ここに居るのさ。」

「じゃあ、私を食べに来たの?。」

「いやね、僕はね、泣き声が聞こえたから、ここに来ただけなんだよ。」

「本当なの。どうか私を食べないでくださいね。私は水の神様の所に行かなければならないの。水の神様の所に行って、雨を降らしてくださいとお願いしなければならないの。」

「どうして君が水の神様の所に行って、雨ごいをしなければいけないんだい?。」

「今年は雨が降らないの。田圃や畑がからからなの。稲や野菜が育たないの。食べ物が無くなってしまったの。たくさんの日とが死にそうなのよ。だから私は水の神様に会って、雨を降らせてくださいと、お願いしなければならないのよ。だから私を食べないでね。水の神様に会えたら私を食べてもいいから。」

「僕は君を食べに来たんじゃあないんだよ。ただ女の子の泣き声が聞こえたから、来てみただけなんだよ。それにしてもこんな寂しい山奥に、よく一人でおれたものだね。怖かったろうに。」

「とても怖いわ。でも私が水の神様にお願いしなかったら、たくさんの人々が死んでしまうの。これぐらい我慢しなければと思っているわ。」

「僕にまかせてよ。水の神様に頼まなくても僕が雨を降らしてあげるよ。僕の背中に乗ってごらん。」

 どらごんは娘の縄をとき、娘を背中に乗せると空に舞い上がり、空を駆け巡りました。どらごんが駆け巡った後からは、空は真っ黒な雲に覆われて、すぐに大雨が降り出しました。大地はからからに乾いていたので大雨が降っても水害にはなりませんでした。まもなく水分を含んだ大地は元の緑でおおわれました。

 どらごんは娘を背中から降ろすと、自分の洞窟の方へ立ち去りました。

 自分達の願いのかなった村人達は娘を迎えに山奥の社に行きました。社の前には疲れと飢えとで気を失って、娘が倒れていました。人々は娘を背負って帰り介抱し、まもなく娘は元気を取り戻しました。

 どらごんは自分の洞窟に帰るとまたひと寝入りしてしまいました。そして目を覚ました時には、どらごんはどらごんの国に帰っていたということです。

 

 

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