チャコちゃんと熊の人形ブータ

 チャコちゃんのお母さんが大変な病気に罹って、入院してしまいました。そのためチャコちゃんはお父さんとの二人暮らしになってしまいました。しかしお父さんは仕事が忙しく、朝早く家を出て夜遅くならなければ帰ってきません。チャコちゃんは一日の大半を保育所に預けられていました。これでは可愛想と思った九州の叔母さんが、お母さんの病気が治るまでチャコしゃんを引き取ることになりました。

 チャコちゃんは一ヶ月前から叔母さんの家に来ています。叔母さん夫婦には子供がなかったので、叔母さん夫婦はチャコちゃんのことを我が子のように可愛がりました。チャコちゃんも初めの内は叔母さんの家が気に入って、毎日楽しく過ごしていましたが、だんだんお父さんやお母さんのことが恋しくなりました。でも叔母さん夫婦がとても優しくしてくれるので、なかなかお母さんに会いたいとは言えません。チャコちゃんは一人になると自然と涙が出てきてしまいました。

 チャコちゃんには友達が一人有りました。熊の人形ブータです。ブータはチャコちゃんが赤ちゃんの時、お母さんが買ってくれました。チャコちゃんはブータを大変気に入っていました。チャコちゃんが物心ついた頃から寝るのも一緒、出かけるのも一緒でした。ままごと遊びの相手をするのもブータでした。以前、ブータの腕がとれたことがありました。チャコちゃんは悲しくてわんわん泣いてしまいました。するとお母さんが、

「看護婦さんがブータの腕を治してあげましょう。」

と言って、ブータの腕を縫いつけてくれました。またある時は、

「ブータ、寒そうね。上着をつくってあげましょう。」

と言って、お母さんは黄色の上着を作ってブータに着せてくれました。

 このようにチャコちゃんとお母さんとの思いでのたくさん詰まったブータと一緒に叔母さんの家で過ごしていたのです。

 「ブータ、おうちに帰りたくない?チャコ、お母さんに会いたい。」

と言ってチャコちゃんは涙を流しました。ブータはただ黙ってチャコちゃんの話を聞いているだけでした。

 ある朝のこと、チャコちゃんは朝御飯を済ますとブータを連れて、近所の弓ちゃんの家に遊びに行くために家を出ました。しかし弓ちゃんは急にお父さんお母さんと出かけることになってしまったので遊べないことになりました。チャコちゃんはつまらなくて、ぶらぶら歩きながらブータに言いました。

「弓ちゃん、いいなあ。お母さんとお出かけなんだって・・・。ねえ、ブータ。お母さんに会いたいねえ。」

するといつもは黙ったままのブータが言いました。

「それじゃあ、チャコちゃん、お母さんに会いに行く?」

「行きたいけれど、行けないじゃあない。」

「僕が行けるようにしてあげる。」

「それじゃあどうやって?」

「僕に任せておいて。」

 いつもならチャコちゃんの腕の抱かれて身動き一つしないブータが、ぴょーんと地面に飛び降りると、チャコちゃんの運動靴に何かおまじないをしました。

「さあ、これで準備はできた。チャコちゃん出かけよう。」

ブータはそういうとまたぴょーんとチャコちゃんの腕の中に戻りました。

「ブータ、私はどうすればいいのよ。」

「チャコちゃんは歩けばいいんだよ。チャコちゃんの靴がちゃんと連れていってくれるからね。」

 そこでチャコちゃんは歩き続けました。結構早足で歩きましたが、いくら歩いても疲れません。曲がり角に来ても、自然と足が曲がり角を曲がってくれました。しかしいくらチャコちゃんが早足で歩いても歩く距離はたかがしれています。

「ブータ、お母さんは東京よ。ここからとてもとても遠いのよ。本当に、行けるの?」

「僕に任せておいてよ。」

 やがてチャコちゃんは大きな駅に着きました。新幹線の駅です。

「それじゃあ、新幹線に乗るの?」

「うんそうだよ。さあ列車に遅れないように急ごうよ。」

チャコちゃんは駅の中に入っていきました。改札口のところに来ると、ブータが言いました。

「チャコちゃんここで少し待っていて。一緒に行ってくれる人を捜すから。」

 ブータはまたチャコちゃんの腕から飛び降りると、近くを歩いていた老夫婦の所に行ってなにやら話をしていました。話し終わるとブータはチャコちゃんの腕の中にぴょーんと戻ると、

「あのおじさんたちが新幹線に乗せてくれるって。あの叔父さん達についてて行けばいいんだよ。」

と言いました。

 チャコちゃんはその老夫婦の所に行きました。

老婦人が

「東京へお母さんに会いに行くって、お嬢ちゃん?」

チャコちゃんはこっくんと頷きました。

「そお、いいわ。ついていらっしゃい。」

チャコちゃんは老夫婦について改札口を通り、列車に乗りました。

 列車はすごい早さで走り続けました。三時間もすると列車は東京駅に着きました。

 老婦人がチャコちゃんに尋ねました。

「これから一人で行けるの?」

「ありがとう、叔母さん。もう一人で大丈夫。ブータもついているから。」

「それじゃあ、気をつけてね。さようなら。」

 老夫婦と別れたチャコちゃんはこれからどうしたら良いのかわかりません。

「ブータ、これからどうするの?」

「ともかく歩けばいいんだよ、チャコちゃん。」

ブータにそういわれて、チャコちゃんは歩き続けました。駅を出てただがむしゃらに歩き続けました。大人顔負けの速度でどんどん歩き続けたのですが、少しも疲れを感じません。どこをどう曲がってきたのかも思い出せません。ただ歩いている内に、突然大きな病院の前に出ました。

「さあ、着いた。チャコちゃん、ここがお母さんの入院している病院だよ。」

ブータが言いました。

チャコちゃんはどんどん病院の中に入っていきました。階段を上ると病室の前に出ました。そのドアのそばには「大垣峰子」と書いて有りました。お母さんの名前です。

 チャコちゃんはドアを開けて中に入りました。ベットの上のお母さんは目を閉じて横になって点滴を受けていましたが、ドアの開く音でチャコちゃんに気づきました。

「チャコ、どうしたの。どうしてここに来たの。」

チャコちゃんは痩せて弱々しくなったお母さんを見て、呆然と立ちすくんでいました。

「どうしたのチャコちゃん、こっちへいらっしゃい。」

お母さんは優しく言いました。

「おかあさあん。」

チャコちゃんはベットに駆け寄ると、泣き出してしまいました。

 

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