あ、僕の持ってきた花が! 須藤 透留
 
 健ちゃんのお父さんは極普通のサラリーマンです。お母さんは近くのお店でパートタイムの仕事をしています。でもお母さんはお店の仕事が終わると急いで帰ってきて、今度は家の中で忙しそうに働いていました。そんなに忙しいお母さんだったのですが、時間の合間を見ては健ちゃんの家の小さな庭の手入れを続けて、いつでも四季折々のきれいな花々で庭一杯にする事も毎日の日課としていました。健ちゃんも草花や動物を育てることに興味を持っていましたから、夏の水撒きや種蒔、苗の植え替えなど、お母さんの庭仕事の手伝
いもよくしていました。
 お母さんは月に一度ぐらい、きれいに咲いた庭の花を何本か切り出してきて、それを新聞紙にくるんで、学校に持たせてくれました。はじめの内は、学校に花を持って行く事が男
の子として、健ちゃんは少し恥ずかしかったのですが、何回か持って行く内に少しずつ平気になっていきました。
 教室の中には生徒達の色々な作品が飾られていますが、生きた花が飾られることはさほど有りませんでしたから、教室に花が飾られると何かほっとするような安らぎを生徒達は感じていたようです。時には女の子達から
「まあ、きれいな花ね」
なんて言われた事もありましたが、その様な時には健ちゃんは
「この花、僕がもってきたんだ。」
と心の中で誇らしく叫んで、少し嬉しくもなりました。
 小学校六年生の二学期が始まってからさほどたっていない頃の事でした。健ちゃんが学校へ行こうとしていたら、お母さんが
「健ちゃん、お花、切っておいたから、持って行きなさい。」
と言いました。玄関に出てみると数種類の花が束ねて新聞紙でくるんでありました。健ちゃんはいつものように花束を持って学校に行き、教室の先生の机の上にその花束を置いておきました。始業のベルが鳴って先生が教室に入ってきました。先生は花束を見つけると、「おや、おや、きれいな花だこと。」
と言って、戸棚から白い花瓶を取り出してきて、大急ぎでその花瓶に水を入れてきて、無造作にその花瓶に花を行けると窓辺の棚の上に飾ってくれました。そして出席を取り出しました。赤、ピンク、青、白の花が棚の上で輝いています。まるでお母さんがにこにこしながら教室の中を眺めているように健ちゃんには思えました。
「田中君。」
「はい。」
健ちゃんは晴れ晴れしい気持ちで点呼に答え、生き生きとした一日が始まりました。
 その翌日の事でした。朝、学校にきて教室に入ってみると、窓辺の棚にある花瓶の花が、昨日健ちゃんが持ってきた花とは全く別の花になっていました。その新しい花はこの辺りでは見たことの無いような、珍しくて、艶やかで、美しい花でした。見るからに高価そうな花でした。きっとどこかの花屋さんで買ってきて生けたのでしょう。
 健ちゃんはがっかりしました。何か裏切られたような気持ちでした。あの優しいお母さんが突然消えてしまって、その代わりにでしゃばりな女の人が教室内を見回しているように、健ちゃんはこの派手な花について感じました。
 そして健ちゃんの持ってきた花はどこにいったのでしょう。教室の脇にある防火用のバケツの中にでも除けてないかと思い見てみました。しかしバケツの中には水が入っているだけでした。もしかしたらと思って教室の後ろのごみ箱の中を、ほかの人たちに見つからないように気を配って健ちゃんは覗いてみました。ごみ箱の中には折られてぐちゃぐちゃになった健ちゃんの花が捨てられてありました。健ちゃんは頭を棒で殴られたような気がしました。お母さんが殺されてそこに捨てて有るようにも感じました。健ちゃんは大急ぎで教室を出ると校庭の端にある兎小屋に掛けて行きました。今日は健ちゃんは兎の餌当番だったのです。
 涙こそ出さないけれど、健ちゃんは泣きたい心境でした。
「どうして僕の持ってきた花を捨てなきゃあいけないんだ!僕の大好きなお母さんが一生懸命育てて僕に持たせてくれた花なんだよ。確かにあの花はお母さんの花よりも派手だよ。だけどただ花屋さんで買ってきた花じゃあないか。お金さえ出せば誰でも買える花なんじゃあないか。お母さんの花はお金じゃあ買えないんだよ。教室に飾るのにあの花よりもはるかに価値が有るんだ。それなのにあんな風にして捨ててしまうんなんて。」
 授業が始まっても健ちゃんは少しも身が入りませんでした。この日ほど先生の事を憎らしく思えた日はありませんでした。
「もう二度と花なんかもってきてやるもんか。」
健ちゃんは思ったのでした。   
 
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