心の傷と行動障害(特に登校拒否)

KEY WORDS−−−登校拒否、心の傷、扁桃体、情動

要旨−−−子供達は学校内でいろいろな恐怖や無条件嫌悪刺激にさらされている。その時、子供の周囲にいつもある物が条件刺激として学習されて、恐怖の条件反射が成立する。一度この恐怖の条件反射が成立すると、以後その条件刺激だけで恐怖の条件反射を生じるようになる。この条件刺激は普通の人では恐怖の原因と成らない物のため、周囲の人にはどうして子供が学校へ行けないのか理解に苦しむことになる。この様に普通の人では何ともないものが、ある人には恐怖の条件刺激になるとき、その恐怖の条件反射を心の傷と定義できる。多くの子供達の行動障害は心の傷の考え方で理解できそうである。その際に何が恐怖の条件刺激になっているかを考えることにより、今までとは違った対応が考えられるようになると思う。

(1)初めに

 登校拒否はますます広がりを見せている。登校拒否の子供達が出す症状は、その子供達によりいろいろである。それ故に、登校拒否にはいろいろな種類が有ると考える人が多い。ところがこれらの症状をもっと詳しく観察すると、ある一定の共通性が有ると思われる。

(2)脳内での情動刺激の処理

 心は大脳の働きである。最近の認知科学の発達はめざましく、我々にいろいろな脳内の機能と、その極在を教えてくれている。脳のある種の機能に関しては、かなり詳しくわかってきている。

 思考の座は大脳皮質連合野だと考えられている。特に前頭葉は特殊な構造を持っており、他の大脳領域と密接な神経繊維連絡を持っている。そのため多くの研究者から、認知活動の最高次領域とみなされている。ここでは思考の中枢を前頭葉と表現しておく。一方、情動と大脳辺縁系との関係は詳しく研究されており、情動の評価と記憶は扁桃体でなされていることを LuDoux が明らかにした。海馬体も情動の周辺記憶に関与していることがわかってきている。扁桃体からの出力情報は視床下部と脳幹部に送られ、情動の表出がなされる。

 各感覚器からの感覚情報は、視床を経て、各感覚野に投射される。感覚野からの情報は連合野で処理されて、一方では前頭葉に送られて情報の対象を認知する。他方同時に感覚野からの情報は扁桃体に送られて、生得的な物や情動の記憶に基づいて情動の評価がなされ、その結果は視床下部や脳幹に送られ、情動の表出がなされる。すなわち内臓や皮膚、筋肉にそれなりの変化を生じる。これらの変化を知覚神経が感じ取り、その情報は視床、各感覚野、連合野を経て、前頭葉に送られ、過去の経験と照らし合わして、自分の情動の認知を行なう。前頭葉における情動の認知はこの様に間接的に行なわれ、直接扁桃体から情動に関する情報が前頭葉には送られていないようだ。

 情動の記憶や評価に関しては、動物を用いて、主として嫌悪刺激に関して研究が成されている。扁桃体の記憶は、条件反射の学習としてなされる。嫌悪刺激とその嫌悪刺激に連合した無関刺激が繰り返し加えられると、扁桃体ではその無関刺激が記憶されて、その無関刺激に対して恐怖や怒り、不安の情動反応を生じるようになる。つまり無関刺激が恐怖や不安の条件刺激として学習される。

 前頭葉特に眼か部と扁桃体とは密接な神経繊維の連絡があり、思考と情動がここで結合し、互いに影響を及ぼしあっていると考えられている。その力関係は子供では一般に情動の方が強く、情動の影響下で思考反応が進行すると考えられる。ただし成人では思考により情動反応の調節も可能になる。

(3)登校拒否とは

 子供達は学校内でいろいろなストレスに何回も晒されている。時には子供達は体罰やいじめなどの強い侵害刺激に晒されると考えられる。人間も動物である。そこで恐怖による条件反射が成立する。其の際に、周囲にいつもあるもの、例えば学校そのもの、先生、友達、教科書などを、条件刺激として学習する。その際に何が条件刺激として学習されるのかは、その個々の子供によって異なる。その子供にとって、その場で受けた恐怖刺激以外の大きな刺激になっているものが条件刺激に選ばれると考えられる。そこで扁桃体にその条件刺激が記憶され、恐怖の条件反射が成立する。

 一度この恐怖の条件反射が成立すると、以後条件刺激となった物、例えば学校の建物や先生や教科書などを見るだけで、子供は恐怖を生じるようになる。例えば学校の建物が条件刺激になったとする。子供は学校の建物を見ると、扁桃体では恐怖の条件反射を起こして、逃避行動や、頭痛腹痛などの自律神経の反応症状を出す。しかし前頭葉では単に学校の建物を認識するだけで、それ以上のことは何も起こらない。例えば「学校に嫌な先生や友達がいて、その人達が自分を辛い思いにさせるかもしれないから、学校の中へは入りたくない」と、考えたりしていない。学校の建物を見た瞬間、恐怖の情動反応を生じるのだ。そして学校の建物が自分の逃避行動や自律神経の反応症状の原因だとはまったく気づかない可能性がある。当然周囲の人も学校の建物が恐怖の原因だとは気づかない。もし子供が学校や友達が自分の恐怖の原因だと知っていた場合でも、そのことを親や先生、周囲の大人に訴えたとしても、これらの大人には子供の恐怖に気づかないか、子供の恐怖の原因が些細なことに思えて、子供の訴えを無視したり、否定したりする。それが繰り返されると、子供は自分の訴えで逆に自分が苦しくなるため、自分を守るために子供は恐怖の原因を、自分の恐怖自体を訴えなくなる。恐怖を認識しない、恐怖を訴えない学習をする。これらの諸々が組合わさって登校拒否を生じている。

(4)登校拒否と心の傷

 登校拒否の考え方を一般化して考えてみる。強い恐怖に出くわすことが、心に傷を受けることである。心に傷を受けるとき、その原因が誰が考えても恐怖を生じるような原因で恐怖を感じるなら、それは単なる恐怖刺激に対する反応である。ただしこの場合でも、恐怖を起こすことが既に条件反射になっている場合もある。

 心に傷を受けたとき心にできた心の傷は、必ずしも心を傷つけた物で痛むわけではない。それは心の傷を深くするだけだ。心の傷は心に傷を受けたとき学習した条件刺激で痛むのである。心の傷とは恐怖を生じる条件反射である。その恐怖を生じる条件刺激は、普通の人では全く恐怖を生じないようなものである。しかし恐怖の条件反射が成立している人では恐怖の原因になってしまうことだ。ただし前頭葉の認識の上では恐怖の原因だとの認識は生じない。恐怖の条件刺激は短期記憶として前頭葉に認識されることはあっても、注目されないで、すぐに消えて行く。このように普通では全く恐怖を生じないものが、学習により恐怖の条件刺激になり、その条件刺激で恐怖の条件反射を起こすようになることを、「心の傷」と定義できると思われる。恐怖の条件反射と心の傷とはほぼ同じ物と定義ができる。心の傷と言う言葉のほかに、心的外傷、トラウマと言う言葉を使う場合もある。

 心の傷で説明がつき易いものにPTSD(Post Traynatic Stress Disorder)がある。阪神大震災の際に日本でも注目され出したものである。PTSDでは阪神大震災のように心的外傷を受けた時がわかる場合である。人に心的外傷を与えたのは阪神大震災だが、その際に何かが恐怖の条件刺激になったかは、その個々の人によって異なる。アメリカの精神疾患の分類と診断の手引によると、PTSDは恐怖の直接原因の概念による反応を想定している。しかし阪神大震災の際の問題点は、単に地震に対する恐怖とばかり言えないような、PTSDの例をいくつか聞いている。

 PTSDと似たものにパニック障害がある。パニック障害では心的外傷をいつ受けたのか、その受けた日時が分からない場合である。それも一回とは限らない。また何が恐怖の条件刺激になっているのかも分かり難い。私の経験では活動的な人の動きや甲高い声が恐怖の条件刺激になっている人が多いように思われる。対人恐怖症では、見知らぬ人が恐怖の条件刺激になっている。

 恐怖ばかりでなく、怒りについても同様なことが成立する。その例として、家庭内暴力や校内暴力がある。恐怖と怒りとの神経生理学的な意味の違いはまだよく分からない。恐怖も怒りも個体が危険から守る反応だと考えられる。恐怖は危険から逃げ出すための反応であり、怒りは危険を加えるものを破壊するための反応と考えられる。単に表現の違いだけであり、その本質は同じであろうと考えられる。人間以外の動物では、恐怖刺激に対して、逃げ出すか、攻撃するか、すくみを生じる。人間に危険を及ぼす侵害刺激に対して、恐怖を感じて逃避することを選択するか、怒り攻撃することを選択するか、息を潜めて危険が去るのを待つことを選択するか、これは個人の経験による扁桃体での学習の結果によると思う。人間以外の動物達の行動を見る限り、恐怖に対してはまず逃避する行動をとる動物が多い。

(5)登校拒否(心の傷)の症状

 登校拒否でもそうであるが、心の傷の症状は、人間が恐怖を感じた時に示す自律神経の反応症状である。扁桃体で恐怖と情動評価された時、その表出は視床下部や脳幹に送られて、血圧上昇、心拍数の増加、呼吸数の増加、末梢血管の拡張などを起こす。これらの症状を出すことは生得的な反応で、恐怖から動物や人間が逃れるために獲得した物である。これらは自然界で動物が危険に出くわしたときには、とても有効だと考えられる。ところが人間同士の関係では、必ずしも人間には有効とは思えないふしがある。特に恐怖から逃れらないときには、これらの自律神経の反応症状はとても強くなる。いわゆる恐怖におびえる状態と言えると思う。頭痛、関節痛、筋肉痛、嘔気、嘔吐、腹痛、下痢などがあげられる。これらの症状の出方も、その個人の過去の経験とかなり関係しているように思われる。引き起こされた恐怖自体、およびこれらの強く出る自律神経の反応症状が逆に人間を苦しめるようになることが多い。そのために人間は、これらの苦しめる強い自律神経の反応症状から逃れる行動に出る。ひきこもりは物理的に恐怖の条件反射から逃れる方法である。自閉症は脳の内部で恐怖の条件刺激を遮断する方法である。その別な形が心因性の聾、心因性の唖、心因性の盲だと思われる。

(6)登校拒否への対応(心の傷を癒すこと)

 動物の条件反射の研究から、条件刺激が加わってもその際に大きな別の刺激を受けると、条件反射は起こらなくなるか、起こっていても消失することが分かっている。登校拒否を含めて、人間の恐怖の条件反射でも同じことが言える。まず恐怖の条件刺激から逃れるために、子供は自分の部屋にひきこもる。いわゆる「ひきこもり」である。自分の部屋にひきこもれない子供は、自分の周囲にバリアーを引いて、自分の殻に閉じ込もる。自分を苦しめている恐怖とは違う大きな恐怖はもともとの恐怖による恐怖の条件反射を抑えてしまう。いじめられている子供は、いじめによる恐怖を現わさない。現わすことにより、その後に加えられる大きな恐怖を学習しているため、予想される侵害刺激による恐怖でもともとの恐怖の条件反射を抑えている。万引、窃盗等の非行行為についても、それを行なう際の緊張、恐怖で、もともとの恐怖の条件反射を抑えている可能性がある。

 快適刺激は恐怖の条件反射を抑える作用がある。人をいじめることはどうも快適刺激のようだ。そのいじめによる快適刺激で、恐怖の条件反射を抑えるのがいじめの行為である。その人にとって趣味などの楽しいことをすることはやはり恐怖の条件反射を抑える。そのため、心の傷の積極的な治療として、いちばん好ましいと考えられる。これを心の傷の包帯、心の包帯と呼ぶことにする。それはちょうど体の怪我について包帯で怪我を保護して、怪我を治すのと同じように、心の傷、すなわち恐怖の条件反射を抑えて、生じなくする方法につながると言う意味である。登校拒否の対応として、安全な家庭内に子供を隔離して、楽しいことをして時間を過ごすことが、登校拒否の解決としていちばん良いことは、経験的にも指摘されてきている。

 前頭葉等の大脳皮質の機能が完成した成熟した人では、前頭葉の機能により扁桃体の中の情動反応を抑えることができるようになる。しかし子供ではこの機能を期待できないので、ここではこれ以上触れないでおく。

(7)登校拒否(心の傷)の診断

 思考の脳は前頭葉である。前頭葉は扁桃体の状態を知ることができない。それ故に前頭葉の表出である言葉は必ずしも情動を示していない。扁桃体が体に表出した情動を五感で感じとって、前頭葉は情動を認識している。扁桃体の表出は意識に上らない行動、表情及び自律神経の反応症状である。行動は前頭葉の表出でありまた扁桃体の表出でもある。そのため言葉や行動だけからは、子供の情動を完全に知ることはできない。子供の情動の状態を知るには子供の意識に上らない行動、表情、自律神経の反応症状をも含めて捕らえて、判断するしかない。子供の表情や自律神経の反応症状は子供の情動を素直に現わしていると言える。ただし子供の情動が強いとき、前頭葉は強く扁桃体の影響を受けており、そのときの子供の行動は情動をはっきりと現わしていると考えられる。

 登校拒否の子供を診察するときに、まず第一に子供の示す症状が病的なものか自律神経の反応症状かを区別をする必要がある。医者からみれば、経過、その症状の出方、症状の組合せなどに、病的疾患を考えるにはおかしさがあるので、割と区別は易しいと思われる。次にどの様な時にこれらの症状を出すかで、恐怖の条件刺激を見つけることもできる。子供の訴える原因と条件刺激と考えられる物が異なっていても、子供が自律神経の反応症状を示すその原因が恐怖の条件刺激、子供の心の傷を刺激する物と考えられる。言葉は必ずしも正しくない場合がある。

(8)心の傷の定義の拡大

 このように心の傷は「普通では恐怖や怒りを起こさないものが、何かの理由で恐怖や怒りを起こす条件反射になり、恐怖の条件反射を起こすようになる」と定義できる。もっと辛い心の傷とは、「恐怖や怒りを起こす条件刺激の概念だけで、恐怖や怒りの条件反射を起こすもの」である。例えば学校は普通では子供の心に恐怖を生じない。ところが子供が学校で体罰やいじめに合うと、学校を見ただけで、子供の心に恐怖を生じる。もっと辛い心の傷とは、学校を考えただけで、学校の話を聞いただけで、恐怖や怒りの条件反射を起こすものである。例えば登校拒否をしている子供がにこにこして機嫌が良いときに、ちょっと学校の話をしただけで急に目がつり上がり、突然暴れ出したりする事は、よく経験するところである。この時子供は「この野郎。嫌なこと言いやがって。腹が立ったから少し暴れてやろう」となど、考えているわけではない。突然恐怖や怒りが沸き上がってきてきて、体が動いてしまうのである。また心の傷に触れると言う意味は、この恐怖や怒りを生じる条件刺激に出くわすことである。心を癒すとはこの条件刺激に出くわしても、恐怖や怒りを生じなくなることである。

 また心の傷の別解釈として、「恐怖や怒りの原因として納得できるが、常識的に予想される以上に恐怖を感じたり、怒ったりする」のも、心の傷と言えるかも知れない。しかしこれは、すでにある心の傷の症状と考えた方が良いと思われる。人によっては気分や感情を害するときにい、人を傷つけると表現することもある。これも何回も繰り返されると、恐怖の刺激となり、その際に何かを条件刺激とする恐怖の条件反射を生じる可能性がある。

(9)登校拒否など心の傷(恐怖の条件反射)における脳内変化

 恐怖そのものが脳内にどの様な変化を起こすかの問題がある。シナップスにおける伝達物質、受容体、配位子などが詳しく研究されてきている。またこれらに関係する、脳内ホルモン系が研究されている。ノルアドレナリンもCRFも扁桃体の神経伝達を強める。その結果として刺激が来る度に反応を強くする作用があるようである。エンドルフィンは関係していない部分の神経伝達を抑える作用があるようである。その結果としてストレスにさらされた人の欝状態を作るのに関係している。薬物療法はこれらの部分の改善を狙った物と考えられる。

 扁桃体の中にはある刺激に対する馴化細胞と非馴化細胞と言うものがあることがわかってきた。馴化細胞は最初弱い刺激に対して反応し、その後は馴化して反応しなくなる細胞である。環境に慣れるための反応をする。恐怖が繰り返されるとこの馴化細胞が馴化しなくなることが分かっている。つまり同一の恐怖には慣れがないことになる。また非馴化細胞は、大きな刺激が来たときだけ反応する細胞である。大きな刺激は危険なことが多いので、その判断のための反応である。ところが恐怖が繰り返されるとその非馴化細胞が反応する門値下がってきて、弱い刺激でも反応をするようになることがわかってきた。何度も恐怖にさらされた子供は、恐怖の刺激に敏感になっていることの、脳内の仕組みであろう。

 これらをふまえて私はDFSR(Disorders Following Stresses Repeated)という概念を提唱している。DFSRの特徴として、原因がわからないか、わかり難いこと。恐怖の情動反応であるのに恐怖を直接示さないで、自律神経症状、欝状態、不安症、時には易刺激性と言う形で症状を出すことである。其の例として、登校拒否いじめ、いじめられ、ひきこもり、自閉症、パニック障害、対人恐怖症、ヒステリー、家庭内暴力、校内暴力、化学物質過敏症、超低音公害、などがあげられると思う。

(10)再度恐怖の条件反射の消去の意味からの登校拒否の治療法

 心の傷の治療として、神経生理学的な見方から考えてみる。恐怖の条件反射を構成する基本的な要素は扁桃体にある。新たな恐怖の条件反射が成立すると、扁桃体内のある神経細胞にLTA(long term activation)が認められる。一度成立した情動記憶、条件反射を取り除くことは大変にむずかしい。情動記憶の消去や条件反射の消去は、単にこれらを覆い隠しているだけのようである。何かの折りに消去されていると思われる情動記憶や条件反射が突然現われる、フラッシュ・バックがあることから、そのように推定される。つまり一度成立した恐怖の条件反射、心の傷はしっかりと神経回路に作り上げられていると言える。このことは各々の人間にとっては大変な問題である。消去が可能と言えども、いかに心を傷つけない、心の傷を持たないことの大切さを示すものであると考える。この情動記憶や条件反射の消去には前頭葉が関与している。成熟した前頭葉は扁桃体内の情動記憶や条件反射を抑えることができる。この過程は能動的な学習により獲得されるものであると考えられる。

 これらをふまえて、恐怖の条件反射を生じさせないためには、恐怖の条件刺激を与えない、恐怖の条件刺激より隔離する事である。恐怖の条件反射を起こさせないようにして、子供の成長を待つ。前頭葉の成長を待って、前頭葉の能力で恐怖の条件反射の消去を待つ。治療の第一は、心の傷の治療の第一としては、心の傷をうずかせるもの、恐怖の条件刺激を避けることである。

 恐怖の条件刺激を避けて子供の成長を待つ間、積極的に恐怖の条件反射を消去できる方法ある。それは子供を子供にとって快適な刺激で刺激することである。快適な刺激、例えば何か楽しいことに夢中になる、没頭するなどで、恐怖の条件反射の消失が速まる。心の傷の治療の第二は、心の傷に包帯をする、子供の楽しい事に没頭させることである。

 恐怖の条件刺激とは異なるが似ている類似刺激で快適条件反射をつくることや逆条件反射も、理論上恐怖の条件反射を消失させるのに良いと思われるが、実際問題、人間では大変に難しい命題だと考えられる。

 このように考えると薬物による治療はどちらかと言うと二次的なように思われる。薬物により症状を軽快させて時間を稼ぐという考え方も分からないわけではないが、前述のように恐怖には慣れはない。それ故に子供に恐怖が加わっている限り、恐怖の条件反射は消失しないと考えられる。また、抗不安剤は不安も抑えるが、不安を克服しようとする認知療法や行動療法の効果も抑制してしまうようである。原則として薬物療法は補助手段である。

 登校拒否に関する認知療法も、子供の前頭葉による情動記憶、条件反射を抑えられるような年齢になり、それなりの訓練をしなくては、むずかしい。一応前頭葉の発達が未熟な子供には不適な療法だと考えられる。行動療法も同様なことが言えるが、特に恐怖の条件刺激が分からないときには、行動療法により恐怖の条件刺激に出くわすことがある。それが心の傷を刺激して、行動療法がかえって心の傷の症状を悪化させることがしばしばあることに、注意する必要がある。

(11)終わりに

 今までの、大脳全体からの表出としての行動障害の解釈と違い、LuDouxらが示した扁桃体を中心とした情動反応と、前頭葉を中心としていると思われる大脳新皮質に於ける思考とを分けて考えることにより、子供達の行動障害の新しい一面が見えてきた。これらの考え方は、現在の心理学、精神医学を修正して行くものだと、私には感じられる。

文献

1)Edited by John P,Aggleton:THE AMYGDALA:NEUROBIOLOGICAL ASPECTS OF EMOTION,MEMORY AND MENTAL DISFUNCTION. Willey-Liss,1992

2)J.E.LeDoux:BRAIN MECHANISMS OF EMOTION AND EMOTIONAL LEARNLNG.In Current Opinion in Newrobiology. Vol.2,No.2,pages 191-197,April 1992

3)M.Davis:THE ROLE OF THE AMYGDALA INFEAR AND ANXIETY.In Annual Review of Neuroscience,Vol.15,pages 353-375,1992

4)赤沼侃史:登校拒否の考え方。近代文芸社,1997。

5)Jeffrey Alan Gray: THE PSYCHOLOGY OF FEAR AND STRESS. Cambridge University Press, 1987

6)伊藤正男他:岩波講座認知科学6情動、8思考.岩波書店,1996

Abstract    THE PSYCHIC TRAUMA AND THE SCHOOLPHOBIA   Tsuyosi Akanuma

Some kind of noxious accident now offten attacks a child at school. Then that child learns something like a school-building, teachers, friends or textbooks, which is popular around him, as conditional stimulous. The conditional reflex which produces fear establishes inside him. After this accident, without that noxious stimulous this conditional stimulous produces fear inside him. As this conditional stimulous does not produce fear inside us and we can not recognize that something around us is the conditional stimulous for him, we can not understand why a child would not go to school. This is the mechanism of schoolphobia.

Just like schoolphobia, something which does not cause the fear for most of us becomes conditional stimulous of fear to a person who got psychic trauma.

    Therefore we can define that psychic trauma is the fear conditional reflex whose conditional stimulous is very popular thing around us and we can not recognize this conditiona stimulous causes the fear to that person. 

 

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