鬱病とは何か

鬱病とは何かという問題があります。現実には精神科医が鬱病と判断した場合、鬱病となります。
精神医学的には、所謂鬱状態の内で、鬱病(注釈、DSM-4thなどでは気分障害の中で鬱病性障害としており、その中でも細分されている)の条件を満たした物を鬱病としています。診断基準を満たしたという根拠だけですから、鬱病でなはないが鬱病の診断基準を満たす何か或状態が有るかも知れないと指摘されれば、それには、客観的には答えられないのです。それ故に、専門家という言葉を作って、説得力を高めようとしなくてはならないのです。一般の人は所謂専門家医と言う医師の判断を信用するしか有りません。

  本当に鬱病が有るかどうかの問題が有ります。今精神科医や脳科学者は有ると信じて、鬱病の本体を見つけだそうとしています。その際の問題の一つは所謂神経症と所謂鬱病との間に症状の連続性があります。医師が神経症と診断した人、鬱病と診断した人でも、その人には神経症と鬱病の両方の要素を含む患者が居ます。鬱病と診断した患者が時としては神経症の典型例のような症状を示すときもあります。鬱病と神経症との間には連続性があり、その病態も互いに変化する理由は何かを考える必要があります。それは鬱病のメカニズムは何かという、まだわかっていない物に話を言及することになります。

  鬱病と診断された人に見られる神経科学的な所見が見られます。その一つは、神経末梢(シナップス)でノルアドレナリンやセロトニンの枯渇が見られることです。以前はこの事実と、鬱病との関係が重要視されていました。最近では、血液中のコルチゾール(ステロイドの一種であり、ステロイドの全てではない)の増加が見られており、注目されています。もちろん視床下部ー脳下垂体ー副腎系の機能更新に関しては、以前から知られていました。それがレセプターとの関わりで考えられ出したのです。コルチゾールばかりでなく、他にもGABAやグルタミンなどを考慮した考え方も有ります。視床下部ー脳下垂体ー甲状腺系の異常に注目した考え方もあります。成長ホルモンに関連したもの、等研究は多方面にわたっています。あらゆる角度から鬱病を理解しようとしているのです。

  鬱病の患者では、血液中のコルチゾール濃度が高い値を示している場合が多いです。それと同時に、脳下垂体や副腎の肥大が見られている場合が多いです。しかし
それは神経症でも見られることです。鬱病では、デキサメサゾンと言うステロイドで、副腎皮質から、コルチゾールの分泌が抑制されない場合が多いことが特徴としてあげられます。鬱病の全ての例で見られているのではないですから、鬱病の原因とは言えませんが、鬱病に関係して大きな役割を果たしていると考えられます。CRF刺激試験をすると、普通の人ではACTHが分泌されます。血液の中のACTHの濃度が上昇します。鬱病患者では、このACTHの分泌の反応性が低下しています。鬱病の人でも、鬱病の症状が軽くなると、このACTHの分泌反応の低下は見られなくなります。ACTHは脳下垂体から分泌されます。鬱病のように視床下部においてCRFが過剰に分泌されていると、そのために脳下垂体から既に能力の限界の、ACTHが分泌されていると言う状態です。

  CRFに影響を受ける神経細胞は、視床下部、扁桃体、海馬、大脳皮質、青班核、などに分布しています。ストレスが加わるとCRFが分泌され、その分泌に支配されて、視床下部からのホルモン、自律神経系、免疫系、行動系の反応を調節しています。これらの反応の閾値や、反応度を、CRFが調節していると、私は考えています。特に、青班核にはノルアドレナリンを神経終末から伝達物質として分泌する、神経細胞群があり、脳全体の刺激に対する反応性を規定しています。青班核からの、ノルアドレナリン作動性神経繊維の神経終末も、視床下部室旁核のCRFを分泌する細胞にきています。CRFが上昇すると、青班核のノルアドレナリン作動性の神経の放電の増加が見られています。つまり、旁室核のCRF細胞と、青班核のノルアドレナリン作動性神経細胞とは、鬱病では密接な関係があるということになります。

  鬱病患者の脳では、視床下部旁室核のCRF作動性神経細胞の数が、普通の人の数倍に増加しています。そのことはCRF作動性の神経の活動が高まっていることになります。その原因は扁桃体からの指令だと思われます。鬱病の患者では、PETの検査で、扁桃体の活動が高まっていることがわかっています。CRFの分泌が扁桃体からの指示により高まっているものと考えるのが、妥当だと思います。青班核からの刺激によるものも可能性があります。そして、CRF自体が扁桃体や青班核に刺激を与えるという関係は、相互に影響しあっているということになります。鬱病の発病は、何らかの理由で、扁桃体の刺激で、CRFが過剰に分泌されること、私は考えています。

  つまり、最初に、ストレスが原因でCRFが高くなります。
この反応は生物としてごく普通の反応です。ところが、ストレスがなくなっても、鬱病ではCRFの増加が続いています。そして、扁桃体全体の血流量も増えている、扁桃体全体が働いているという状態です。ところが脳内には、扁桃体に血流量を増やさなければならないような病変は見あたりません。それでは何で扁桃体の血流量が増加するのでしょうか、そこがわからないところです。鬱病では血液中のコルチゾールが高値を示しています。それはデキサメサゾンで抑制を受けません。普通なら、コルチゾールの増加はコルチゾールを低下させるように働きます。つまり、フィードバック機構があるわけですが、鬱病ではこのフィードバック機構が働いていない場合が多いと言うことになります。

  それは、鬱病では、コルチゾールの増加が鬱病の原因でないことを、コルチゾールの増加は二次的であることを示しています。何か、コルチゾールを高めることが視床下部で起こっており、その起こっていることは、コルチゾールのフィードバック機構をも働かさなくしていると考えられます。それをさせているのは扁桃体です。それはPETの所見から間違いないでしょう。PETでは、扁桃体の機能が亢進している所見が得られています。何が扁桃体の機能を亢進させているかです。そのヒントは、転地療養にあると、私は考えています。転地療養をすると、一部の人で扁桃体の機能亢進が、なくなってしまいます。全ての鬱病患者について言えることではないのですが、転地療養に、扁桃体の機能亢進の理由を見つけるヒントが見つかるのではないかと考えています。

  コルチゾールはストレスの結果増加するとお話しました。その結果であるコルチゾールの作用にも配慮する必要があります。脳内のコルチゾールの受容体には、タイプ1受容体とタイプ2受容体とがあります。ストレスによるコルチゾールの変化はタイプ2受容体に関係しています。タイプ2受容体は、海馬、青班核、室旁核などに分布しています。それはノルアドレナリン作動性神経やセロトニン作動性神経に作用して、鬱病を生じるのに関係しています。つまり、鬱病ではいろいろなものが悪循環をして、作用しているように見えるのです。

  抗鬱剤には、このステロイドが鬱症状を出すことを阻害することで、抗鬱作用を出すものがあります。
つまりこの悪循環をたつことで鬱病を軽快しようとすると考えられます。本質的に鬱病を治しているとは考えられないと思っています。鬱病の本質は扁桃体の興奮、ノルアドレナリン、セロトニンの枯渇。CRFの増加、その結果のコルチゾールの増加という形だと思います。

  グルココルチコイドを含めて、ステロイドが脳に作用する仕方は膜受容体を介するものと、細胞質受容体を介するものとがあります。
膜受容体を介するものは、一過性で急性の効果を示します。その例として、ニューロステロイドがあげられます。細胞質受容体を介して、遺伝子発現調節を受けるものには、タイプ1とタイプ2十があります。タイプ1を介するものとしてはミネラルコルチコイド、タイプ2を介するものとしてはグルココルチコイドがあります。

  脳におけるステロイドの作用を簡単に触れておきたいと思います。
作用があると言うことと、それが鬱病の原因になると言うこととは、別の問題です。ミネラルコルチコイドは摂食行動を促進しますが、グルココルチコイドは摂食行動を抑制します。ミネラルコルチコイドで徐波睡眠が増加し、グルココルチコイドで徐波睡眠が減少します。コルチコステロンやアルドステロンはタイプ1の受容体に強い親和性を示し、グルココルチコイドやデキサメサゾンはタイプ2の受容体に強い親和性を示すことが知られています。通常の血液では、つまりグルココルチコイドの濃度が正常な範囲では、タイプ1の受容体の大半が占拠されています。逆に、タイプ2の受容体は殆ど占拠されていません。通常ではタイプ1の受容体が活性化されていて、クッシング病のような高濃度のコルチコステロン濃度の血液の場合、タイプ2の受容体が活性化されます。

  グルココルチコイドで意欲的な活動性が抑制されます。ミネラルコルチコイドでは増加する傾向があります。グルココルチコイドで悲哀感が増強されますが、ミネラルコルチコイドでは減少をします。グルココルチコイドでは想起能力の低下と、嫌悪刺激の記憶を促進しますが、ミネラルコルチコイドではこれらに影響を来しません。

  ステロイドは海馬の神経細胞にも大きな影響を与えます。
CA1領域の神経細胞に対して、虚血時の障害性を、グルココルチコイドは促進しますが、ミネラルコルチコイドにはその作用はありません。CA3領域の神経細胞に対して、ストレス性の障害性を、グルココルチコイドは促進します。歯状回の神経細胞に対しては、グルココルチコイドは何の作用も示しませんが、ミネラルコルチコイドは保護作用、維持促進作用があります。

  神経細胞の興奮性に関しても、グルココルチコイドは抑制作用がありますが、ミネラルコルチコイドは促進作用を持っています。
他にグルココルチコイドはノルアドレナリン神経抑制作用があり、グルココルチコイドはセロトニン神経抑制作用があります。

  三環系抗鬱薬、SSRI、MAO阻害剤などの抗鬱剤は動物の脳内のグルココルチコイド受容体やミネラルコルチコイド受容体の発現量を増加させます。
抗鬱剤の作用機序の一つがコルチコステロイド受容体発現調節である可能性が明らかにされてきています。臨床的にも感情障害患者の高コルチゾール血症や、デキサメサゾン非抑制が、抗鬱療法後に改善することが知られています。コルチゾール合成阻害剤がクッシング症候群に投与されて、鬱状態や、注意・記憶障害の精神症状が改善することが認められています。各種抗鬱薬療法で効果がないときに、抵抗性の鬱病の治療にコルチゾール合成阻害剤が試みられることがあります。有効性が示唆されています。

  鬱病に対して、ステロイドであるデキサメサゾン療法というのがあります。効果やメカニズムに関して議論がなされています。グルココルチコイドが、しばしば鬱状態や、躁状態、認知異常を起こすことから、とても奇妙な治療法とうつるかもしれません。しかし、実際上、効果がある場合があります。

  鬱病では視床下部ー脳下垂体ー副腎系の機能が亢進しています。それは、高コルチコイド血症が存在するとともに、副腎の腫大が見られています。鬱病の状態の改善、悪化に比例して、副腎の腫大の強弱があることが、MRIの検査から解っています。血液中のCRF、ACTHの増加も同時に見られています。


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